第九十六話
「それにしてもシギュルーさんは大きくなりましたね。先ほど使っていたのは魔術ではなく魔法のようですが、まさかまさか魔物だったとは驚きです」
「にぃ……じゃなくて、ああ、もう良い面倒くせぇ!
何、しれっと他人事みたいに。シギュルーの卵を拾ってきたのは兄さんだろうがっ! その癖、拾ってきたらきたで俺に預けっぱなしだったんじゃねえか」
「あの時は、君も一緒だったではないですか?」
ライアンの呼び出した猛禽ことシギュルーと俺の相棒との間でおこった一触即発の威嚇合戦は幕を下ろしたのだけど、どういうわけか師匠とライアンの間で兄弟喧嘩が勃発した。
だが、この場というかタイミングはあまりよろしくなかった。
「父上、その胡散臭い男とはどのような関係なのですか? 先ほどからも随分と親しいように見受けられましたが」
「……胡散臭い」
距離を置いて、俺たちを見守っていたというか観察していたミラさんの存在があったのだ。俺のようにお飾りではなく、本当の意味で開拓団を預かるミラさんは今回の事態に対して思うところがあるのだろう。
ただ今は、ミラさんの棘のある言葉を受け、落ち込んでいるライアンは無視しておく。
「う~ん、あぁ、そうだね。
彼は以前、ホーギュエル領に何度か立ち寄っていてね。ミラも幼い頃に会ったことがあるだけど、覚えてないかなあ?」
師匠はミラさんからの問いに対し、上手く誤魔化せている?
ライアンはミラさんの叔父にあたるわけで、幼い頃に会っているというフレーズにも嘘はない。ミラさんはまだ十四歳なので、数年前を指して幼いと言い切ることもまた間違いではないだろう。
「いえ、申し訳ありませんがさっぱり覚えていません」
「僕と歳が近いこともあって親しくさせてもらっているんだよね。
結構前のことになるけど、僕の遺跡探索に同行してもらったこともあるんだ。その際に、そこのシギュルーさんの卵を発見してね。孵化と育成を彼にお任せしたのさ」
「(何がお任せだ。拾っただけで満足して、興味を失ったくせに)」
ライアンがぶつぶつと独り言を口ずさんでいるけど、ミラさんには聞こえていないらしい。
「そういうことですか。いまいち腑に落ちませんが、今はそれで納得としておきます」
ミラさんは言葉の通りに納得のいっていない表情を浮かべたまま、後方の馬車の影に消えて行った。その際、俺や相棒のことには何も言及がなかったのが少し心配である。
ただ、配給も相棒たちの威嚇合戦の半ばで既に終了していたから、問題はないらしい。たぶん。
先ほどまで口喧嘩をしていた師匠とライアンは、ミラさんの介入で大幅に毒気を抜かれたようだ。まぁ、一方的にライアンが噛みついていただけなんだけどさ。
「コイツが魔法を使っていることには俺も驚いた。それに関して、俺は何も教えたりしてはいないからな。教えようがないんだけど」
「あれから五年でこの大きさ、それに魔法の使用となれば……」
「あぁ、大型の猛禽で土系統の魔法を用いる魔物となると、な。アレしかねえわ」
「では、はやりロック鳥の幼体ですか?」
「間違いないだろうな。まぁ、ロック鳥だとすれば、この程度の体長で済むはずがない。まだまだ大きくなるだろうぜ」
「何年くらい掛かるかわかりませんが大きくなるのならば、その背に乗ることも可能になるでしょうね? その時は是非乗せてくださいね、シギュルーさん」
「キュッ? クエ!」
この場に居る俺やダリ・ウルマム卿、アグニの爺さんを置いてけぼりにしていた会話が終わる。
最後、シギュルーは師匠の問い掛けを受けると、一度ライアンの顔色を伺うようにしていたのが印象的だ。もしかして、かなり賢かったりするのだろうか?
それならそれで、相棒を威嚇するような真似は控えてほしかったところだが……。
「ほほう、ロック鳥の幼体とな?
親鳥はどうなったのだ?」
「僕も親鳥の動向は全く関知していませんね。卵は遺跡に向かう途中の林の中に落ちていたものですし、卵自体もそう大きくもなかったもので、林に棲む何らかの鳥かトカゲの卵かと当時は考えておりました」
「ふむ、不思議なこともあるものじゃの」
アグニの爺さんも何やら疑問を覚えているようだ。
ただ俺にはロック鳥という猛禽の種類は全く聞き覚えがないもので、首を傾げるばかりでしかない。何らかの珍しい魔物……まもの?
「あれ? 魔物って退治しなくても良いんですか?」
「あ~、それは問題ありませんよ。無害な魔物というのは一定数が存在します。
そういった魔物とは友好関係が結ばれている集落や地域なども、そう多くはないですが現存するという話です。
最も身近な例えはこの大陸のゴブリン族の皆さんでしょうか? ですが彼らは既に多くの国家にて人の種族として認められていますから、何事にも例外はありますがね。う~ん、意外と説明が難しいですね……」
「そうじゃの。ゴブリン族以外にも帝国内では一部地域で高位の魔物との間で通商関係が結ばれておるのは事実ではあるの」
あぶねぇ。こういう情報はもっと早めに教えてほしかったよ、師匠!
俺は魔物なら有無を言わせず、襲っていいものかと思っていた。少なくとも人の形をしていれば、躊躇はするだろうけどさ。
今後は受け身になってしまうけども、俺一人で判断がつかない場合に限りは襲われない限りはこちらからは手を出すべきではないな。
今現在で友好的な魔物に関して、アグニの爺さんやライアンにでもその種族について教えてもらうことにしよう。




