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第九十二話

 昼休憩で馬車が止まると同時に、相棒にお願いして本日分の昼食が入ったコンテナを排出する。あとはミラさんたちが配給を行ってくれるはずである。

 物見台となっている荷馬車の屋上から降り、子供たちが占有する馬車へと急ぐ。


 どうにもブドウ液が気になって仕方がないのだ。

 今現在、俺が開拓団に貢献していると実感できるものは、それしかない。未だ、実現してはいないのだけども。


 開拓団の神輿は今や、アグニの爺さんに持っていかれている。

 また、道中で遭遇する魔物との戦闘は元軍人や元冒険者の方々で十二分に足りていた。俺はその中の一部を担っているにすぎず、別に居なくともどうとでもなると思われる。

 そんな状態に置かれている俺には当然のように焦りがある。


 だからこそ、上手くいきそうな柔らかパンの製作は必ず成し遂げねばならない。

 それは先代勇者サイトウさんでも手を付けていない事柄でもあるのだ。



 子供たちの乗る馬車はすぐそこだ。少しは落ち着け、俺。


「あれ?」


 どういうことだろう? 昨日まで確かにここに安置されていたはずのブドウ液が無い!

 ガヌ君と双子は昼食の配給を受け取りに出ていて、残っているのはサリアちゃんだけ。


「サリアちゃん。ここに置いてあったヤツ、知らないかな?」


 それは御者席と馬車の躯体である壁を挟み、幌の隙間から直射日光の当たらない場所を選んだ上、材木の端材で台座を作り、馬車の揺れで倒れたりしないよう固定しておいた。


「ミラ様がポイしたよ?」


 ポイという台詞と共に、肘から先で投げるポーズを披露するサリアちゃん。

 こっちでも幼い子は女の子投げなのか、と感心している場合ではない!


「なんかミラ様、怒ってたよ」


 マジで? 怒られる要素は特にないはずなんだけど。

 というか、何故に台座ごとブドウ液は捨てられてしまったのか? 

 まさか、道端に捨てたのか? ごみ捨てに関して規制があるとも思えないから、良いけどさ。


「参った……、最初からやり直しじゃないか」


「魔王様、あれ大切なものだったの?」


「うん。あれはフカフカで柔らかいパンを作るのに、とても大事なものだったんだよ」


 マズイ、このままでは俺の存在価値がなくなってしまうではないか!

 こんなことになるならドワーフ兄弟の馬車にでも置かせてもらうんだった。

 

 いや、今は悩んでいる時ではない。

 再び、作り直すとして必要になるのは干しブドウの在庫だ。入手元のライアンに

確認しなければ!

 ライアンはどこだ? アグニの爺さんと一緒なら、昼食の配給現場に居そうではある。


「お邪魔したね、サリアちゃん」


「魔王様の大切なものなら、サリアが守るよ!」


「ありがとう」


 憤るミラさんを前にして、まだ小さなサリアちゃんが守り切れるとは到底思えないけど、気持ちだけは受け取らせてもらおうとしよう。


 


「ら……じゃなくて、ベスタ?」


「おう、魔王。どうした?」


 午前中、アグニの爺さんと稽古していた時は子供姿であったライアンは今、なぜかベスタの姿をしていた。久しぶりなので驚いてしまったよ。


「義兄さんたちから隠れたままというのも申し訳なくてな。お義父さんの案でこうなっている」


 確かにずっと逃げ回るというのも体裁が悪いだろう。ただ、ちょっと違和感があるんだけど、一体なんだろうか?


「以前はもっと小汚い格好であったろうに、全く似合わん」


 違和感の正体はそれか! なんでそんな小奇麗な格好してんの? アグニの爺さんの言う通り、似合わないよ。


「最初は見た目が大事だからな! って、そうじゃなくて。何の用だ?」


「驚きが大きくて忘れるところだった。ら……ベスタ、干しブドウの在庫ってまだあるかな? 馬車に置いてあったヤツ、上手くいってたんだけど。ミラさんが捨てちゃったらしいんだわ」


「な、なんだと! お前の言う通りに良い感じで泡を吹いてたから、この硬パンとの付き合いもあと少しの辛抱だと我慢していたんだぞ!」


 そんな怒鳴らなくても聞こえてるよ。俺だって、まさか捨てられるなんて予想できなかったんだよ。



「何よ、どうしたのよ? 呼んだでしょ?」


 昼食の配給を終わらせたミラさんの耳に俺たちの会話の一部が聞こえていたらしく、睨みを利かせながら近寄ってくる。

 ベスタ姿のライアンはそっとアグニの爺さんの影に隠れるように身を潜めつつ、顎をクイクイと俺に返事をしろと促す。


「ミラさん、子供たちの馬車にあった――」


「そうだわ! 何なのよ、アレ? 腐ってたから捨てたわよ! 子供たちの馬車にあんなもの置いちゃダメでしょ!」


「いや、あれは腐ってるんじゃなくて、ああいうものなんだけど……」


 ここは我慢だ。いくら説明したところで、本人にとって無価値なものはゴミでしかない。

 それは日本に居た頃からよくあった話だ。母に様々なコレクションや隠していたエロ本などを勝手に捨てられたことは多々あったことではないか! 思い出せ、俺。そして今は耐えるんだ!


「うんと、もう捨ててしまったものは仕方ないけど、今度は捨てないでほしいな」


「そう? 一応、覚えておくわ」


 微妙に納得しきれてはいない表情を浮かべながらもミラさんは頷いてくれた。ミラさんが一人分の昼食を持ったまま、後方の馬車の影に消えるまで俺はその姿を目で追っていた。


「いや、まぁ、あと少しだけなら在庫はあるぜ。だが次、失敗したら許さねえから覚えておけよ」


 ライアンから提示された干しブドウの量は、廃棄されたのと同量であった。

 空になったコンテナの回収と同時に、相棒内に『収納』されているグラスと水で新たにブドウ液を作り出した。勿論、台座も急ぎで拵えた。

 今度はどこに安置するべきか迷ったが、再度子供たちの乗る馬車に置くことにした。ややこしい説明をドワーフ兄弟にすることを嫌ったとも言える、かな。


 今回、俺は学んだ。根回しは大事なのだと。

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