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第八十九話

 私は昨日深夜に本隊から届けられたという追加報告書に目を通す。

 机上の報告書を同時に見やるのは又従妹で私付きの補佐官であるクラウディア。


「痩せ身で栗色の毛髪の青年。諜報部隊ではこの人物を異界の勇者と断定しているようだな。

 しかし、随行する戦力が豪華絢爛そのものだ。

 東国連合の度重なる侵攻を頑として跳ね返し続けたことで有名な鉄壁の異名を持つダリ・ウルマム将軍。本国でも歌劇や演劇の演目とされることの多い撲殺ヒーロー・アグニ。昨今は皇妃の専属護衛であったはずの暗殺者、死に遅れキア・マス。

 更にオニング公国の俊英にして大魔術師であるホーギュエル伯爵家当主。背から大蛇を八匹も生やした黒髪の不気味さが漂う魔王を名乗る冒険者。そして最大の懸念である少数のゴブリン族」


「どうなされるのですか、姫様? 既に講じた策は我らの手を離れ、動き出すのも数日以内かと思われますが」


「接触時にはジャガル商人を装っているのだ。仮に彼らが捕縛され尋問されようとも、我らの元まで辿り着けるとも思えぬ。今更止められない以上、戦力分析は継続とするしかあるまいよ。

 しかし、困ったな。ゴブリン族の存在が確認された以上、この度の作戦は中止せざるを得ない」


 父であるデルヴァイム侯爵は、私が幼い頃から厳命していることがひとつある。それはゴブリン族には決して危害を加えないこと。

 私がこの世に生を受ける前、今から四十年ほど前の出来事。それは対岸の火事とも言える他国の出来事などではなく、実際にムリア王国内での出来事なのだと教えられている。

 

 我がムリア王国は東にラングリンゲ帝国、西に商業都市国家ジャガルと接している。南にもグリスミルド王国と接しているが、国境となる地形が急峻な山岳地形であるためか、それほど重要視されてはいない。


 当時、我がムリア王国と商業都市国家ジャガルとの間で国境線を争う小競り合いが頻発していたという時代。件の事件は商業都市国家ジャガルとの国境にほど近いハルブム公爵領の交易都市パデアでおきた。

 詳細な経緯は王国上層部からの緘口令で大まかにしか伝わっていないらしく、私が父から教えられたのは何をしてどうなったかという非常に簡潔なものでしかない。

 交易都市パデアを治めていた公爵家の長男がゴブリン族に何かしら危害を加えたという事実。それにより交易都市パデアはその住民ごとムリア王国の地図上から消失し、公爵家の長男は最初から存在していないことになったのだという。

 貴族家に於いて出来の悪い跡継ぎの廃嫡は珍しくもないとはいえ、公爵家は王族に連なる家系でのこと。当然、前代未聞の出来事と言ってもよい。

 その事実を何一つ漏らすことなく先代の国王に伝えたのは、その後も商業都市国家ジャガルから長年に渡り国境線を守り続けた英傑ハルム=ラウド将軍であるという。まぁ、当時の将軍は未だ街道警らの小隊長でしかなかったというが。


 そして、この度の潜入作戦の総大将もまたラウド将軍なのであった。

 


「姫様、それでは第三騎士団の存続は危ぶまれたまま帰国なさると?」


「私も騎士団の存続が絶望的で焦りがあったことは否めん。今となってはラウド将軍や麾下戦士団に動く気配がなかったことが救いだろう。そも、この度の作戦は最初から破綻しているような気がしてならないのだ」


――コンコン


「何か?」


「先触からの報告。ラウド将軍閣下が本隊駐屯地よりこちらへ移動中であるとのこと」


「相、わかった。直ちに将軍閣下の迎え入れ態勢を整えるように」


 この追加報告書は本隊を経由していることから、将軍の動きはゴブリン族に関するものとは別だろう。となれば、将軍が動き出すに値する切欠のようなものがきっとあるはずだ。さて、それは一体何か?


「何事でしょうね、姫様?」


「あの将軍閣下のことだ。何もせず静観していたとも思えん」


「ですが、今回の派兵にはあと二名ほど将軍が随行していたかと?」


「いや、第二騎士団の若い将軍や騎士はほぼラウド将軍麾下戦士団の子息で構成されているはずだ。問題なかろうよ」


 そうだ。あの働き者の諜報・追跡調査部隊の隊長も麾下戦士団に父親が在籍していると思われる。

 今回、彼の勲功が一番とされるだろう。ゴブリン族との間に戦端を開くなど、考えるだけでも恐ろしいからな。

 それに私は彼には非常に期待しているのだ。是非とも出世してもらわなければならない! 

 おっと、つい気持ちが籠り、拳を強く握ってしまった。


「姫様! 例の騎士殿を想われるのは勝手ですが、騎士団のことをお忘れになられては困ります」


「あぁ、うん、反省している」


「それに、将軍閣下にどう申し開きなさるのですか? 賽は既に投げてしまったのですよ?」


「うっ……」


 そうだった、そうだった。浮かれている場合ではないのだ。

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