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第八十八話

「いいですね、その調子です。じわりじわりと魔力を延ばしていきましょう」


 師匠は簡単に言ってくれる。

 俺の額には汗が浮かび、目に流れ込んでくるがゆえに視界も悪い。しかも、この汗は夏の暑さによるものはなく、魔力を過剰に消費していることによる脂汗だ。

 血の気が失われていることも理解しているが「師匠は続けよ」と言う。




「今日はここまでにしましょう。剣はもう一本ありますからね。二本ともカットス君の魔力で染め上げることを目標にしましょうか」


「……マジですか?」


「ええ、これは空間魔術を教える前のとても良い訓練となりますよ。まだまだ開拓地までの旅は長いのですからね、ひとつの暇つぶしと考えてください」


 剣の腹に手を当て、魔力を感じ取っている風な師匠の有難いお言葉。

 ライアンと違い、師匠は魔力を目視するようなことはできないようだが、感じることは可能らしい。

 そして、高等魔術であるはずの空間魔術を俺に教える気でいる。師匠には申し訳ないけれど、とても俺が覚えられるとは思えないのだが……。

 しかし、宿題を与えられていることに変わりはない。やらずに放置するという選択肢もまた存在しないのだ。夏休みの宿題なら平気ですっぽかす気満々だったのだが。


「えーと、フェルニアルダートでしたっけ? そこには特に用がないのなら、なぜ直接フリグレーデンとやらを目指さないのですか?」


「まず、この宿場町は帝都とフェルニアルダートに向かう街道しか通っていません。

 街道を逸れ、道なき道を進むということは無理ではありませんが、非常に厳しい道のりとなるでしょうね。

 まず、馬車を牽く馬は農耕馬ですから問題はないのですが、馬車が耐えられるか疑問です。車輪の替えは幾つか買い込んでいますから、耐えられないこともないかな?

 但し、体調を悪くされる方が出てくることは間違いないでしょう。

 それと街道には一定の間隔で魔物除けの匂い袋が設置するための箱が設けられています。これが一番の重要事項でしょうか?

 大型の魔物に効き目は薄いのですが、小型の魔物に効果覿面ですからね。それがなくなるとなると、元冒険者の皆さんやウルマム卿、そしてカットス君の仕事が増大することになるでしょうね」


 道なき道を進むことに慣れきってしまった俺にはピンと来なかったのは言うまでもない。ただ今回は俺一人の身ではないというのが重要なことだろう。

 第一、街道に魔物除けの匂い袋が設置されているなど初めて聞く話だし。

 確かに街道の柵のようなものに、鳥の巣箱のような箱がくっついていたのを物見台の上から確認している。発見したときに何だろうか? と疑問におもったのだが、訊ける相手が傍に誰も居なかったのですっかりさっぱり忘れてしまっていたのだ。


「小型の魔物は面倒ですもんね」


 特にスモールラビとか、スモールラビとか! お馬さんの首を取られたら大惨事だ。


――コンコン


 誰か来た。扉を開きに立ち上がろうとしたけど、フラフラで俺には無理でした。


「ああ、僕が出ます。はいはい、どなたですか?」


「――兄さん、時間だぜ?」


 開かれた扉の先からライアンの顔が覗いた。勿論、お子様サイズだ。

 但し、何のことを言っているのか、俺には理解できない。


「造血剤は訓練前に飲んでいますから休んでいれば時期に落ち着くでしょう。

 僕はちょっとライアンの婿入りの件で、ウルマム卿とお酒を飲みに行く予定があります。遅くなるでしょうから、先に休んでいてください」


「じゃあな、魔王!」


 師匠はライアンを連れて飲みに出掛けるそうだ。ただ、扉が閉まる前にライアンの右手がサムズアップしたことに疑問を抱いた。

 昼間も「兄さんは任せておけ」とか、意味の分からないことを口走っていたし。


 その後は何をするでもなく、床に座ったまま過ごすことに。

 薬が効いてきたのか、徐々に脂汗は収まってきた。

 ふいに、甘辛く煮付けた鶏レバーが食べたくなった。俺たち兄弟が好きで母が良く作ってくれた定番のおかず。でも、そうなるとやはり米を食いたくなるのが不思議だ。

 でもな、先代勇者のサイトウさんが見付けられていないものを、俺がおいそれと発見できるとも思えない。非常に残念ではあるけど、俺は兄貴の知恵を勝手に借りてパンを改良するくらいが限界だと思うんだよね。

 干しブドウから酵母を引っ張り出すのはあと数日で適いそうなのだ。待っていろ、ふわふわパン!



――コンコン


 ありゃ、今日は何とお客さんの多い日だろうか?

 普段の生活では、日に二度も扉がノックされるなんてことは稀だ。

 っと、そんなことより出なくては。もう十分落ち着いたし、立ち上がるのも問題ない。


「はいはいはいはい」


「あっ、カットス。

 あなたが呼んでいるって、ライアン君に教えてもらったんだけど?」


 えっと? 俺が呼んでいた?

 ミラさんの斜め後ろにはリスラも控えているのを確認できるけど、一体何のことだろう?

 ふと、俺はライアンのことが脳裏に浮かんだ。

 『兄さんのことは任せろ』と言った後、あいつはスクロールを手渡してきた。

 そして、そのスクロールの効果は師匠曰く、防音らしい。

 また先ほどの意味の分からないサムズアップと合わせて考えると……。

 あんにゃろー、またハメやがったな!

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