第八十三話
物見から周囲を眺めていた俺は先頭の馬車が減速するのを確認する。それに続くように開拓団の全ての馬車は減速し、停車した。
なんだろうか? と、疑問に思ったが走り寄ってくるミラさんの言葉で理解した。
「カットス、あとで話があるんだけど、それとは別に食事の配給をお願い」
話とは何だろうか……。俺、何かマズイことしたっけ?
っと、とりあえずは昼食の配給が先か。
相棒に『収納』されている物品の目録では、カテゴリ別に百の代の数字で分けられている。
零番台から百番台までは各家庭の家財道具。二百番台は開拓の基地を設営するための資材。三百番台は馬の飼い葉と大きな樽に汲み置きされた井戸水。四百番台以降は開拓団員向けの食糧とミラさんでも持ち運べるであろう大きさの樽入りの飲料水。
また、各番台には未登録で使用していない番号も多々あるが、問題はない。
昼食の配給となると、取り出すのは三百番台の一部と四百番台の一部となる。
「相棒、三百一番と四百一番をそこの野原へお願い」
飼い葉や水、食料は一回分をパレットのような木枠で一纏めにしてあるので取り出す面倒は少ない。
更に木枠の中では、各馬車の人数分より少々多めのものを小袋に分けてある。
内容は小樽入りの飲料水、焼き固められたパン、チューリンと呼ばれる陶器の入れ物に入った温かいままのスープ、干し肉、果物だ。
火を起こしたりという調理に伴う作業時間を削り、移動距離を稼ぐ目論見だが水や果物は傷み易いので『収納』してある。ゆえに配給が必要なのだ。
温かいものをそのまま『収納』しておけるか、の実験は上手くいった。
俺がそんな手段が通じることに驚いたのは言うまでもない。
相棒の『収納』は保存能力が非常に高いのだが、魔物肉など死後硬直が解け適度に熟成されているという謎は謎のままだったりする。
各馬車の代表者が二名ずつ、子供たちに至ってはガヌ君と双子が配給の列に並んでいた。細かい配給の指揮はミラさんにお任せ、俺は相棒に持ち出しの指示をするだけだ。
作業が終わるのを待つことなく、荷馬車の上に陣取る俺たちは食事を始める。
「温かいもんがロクな手間もなしに食えるってなぁ嬉しい話なんだが、な。
お前、この忌々しいほどに固いパンを本当に柔らかく出来るんだろうな?」
「確約は出来ないよ? 向こうとこっちで環境が同じとも限らないしさ。
ただ、俺の予想だとワインが存在する以上、出来るとは思う」
パンのカスをバラバラと荷馬車の屋根に巻き散らしながら、食事をつつける。
アグニの爺さんはこの固さを一切気にすることなく齧っているけれど、俺やライアンには無理だ。元々が硬く焼き固められているというのに過剰に乾燥していて、そのまま齧ると恐らく歯が欠けかねない。スープに浸しふやかさないと、とてもじゃないが食べられたものではない。
一計を案じ、ふわふわのパンの試作を思いついたのは随分と前のことだが材料調達に難があり、今回初めて試作することにしたわけだが。
俺の年の離れた兄貴は、何でも実践してみないと気が済まないというはた迷惑な性格をしている。実践した上で一定数の成功を収めるか、納得のいく失敗の原因を突き止めると飽きて他の事柄へと興味が移る。それをひたすら繰り返す。
毎回のように実験に付き合わされる俺と弟は、お陰様で様々な雑学を身につけることができた。今回はそれに習うつもりだ。
ただ、結婚して家を出たというのに実験のためだけに実家に帰ってくるというのは本当に勘弁してほしい。兄貴は今でも相変わらずの性格をしているのだろうか? 少しだけ、懐かしくもある。
それはまぁ置くとして、だ。
偶々ライアンが保存食にと干しブドウを持っていたことが幸いし、今回の試作と相成った。問題があるとすれば小麦粉のやたらと挽きが粗いことだが、それはライアンの持つ石臼で再度挽くことで解決するだろう。
ミラさんとの買い物デートで適当に買い漁っていたガラス製のグラスに、干しブドウと井戸水を入れ放置してある。
場所は子供たちの乗る馬車の隅で、馬車の揺れで倒れないような工夫も凝らしてあり、あとは数日待つだけ。余程のことでもない限りは失敗もないと思われる。
「二人とも鍛錬が足りんのだ」
「うるせぇ! 爺の顎と歯がオカシイんだ」
「ちょっと、カットス。と、あなたたち」
「はい?」
「なんでライアン君がここに居るのかしら?」
ライアンが俺と共に物見に居るのは、偽勇者役に化けていたからだ。しかし、その事実をミラさんは知らない。最初から知るべき面子に数えられていないのだ。
「ライアンは特殊な生い立ちをしておってのぅ――」
「だまらっしゃい!」
「ミラ殿、ライアン自身が望んでおることなのだ」
全部ライアンに原因があるというのに、理不尽に怒られている俺とアグニの爺さん。釈明に似た言い訳はミラさんには通用しそうにない。
ここは気まずそうに俺たちから目を逸らしているライアンに何とかしてもらうしか手はない。
「そうなんだ、お姉ちゃん。俺は魔王の兄ちゃんの役に立ちたい!
だから、爺に稽古をつけてもらっているんだ」
「そうなの? 本当に? なら、いいわ。
稽古が終わったなら、ちゃんと子供たち用の馬車に戻るのよ?」
「うん、わかったよ」
ライアンは小さく肩を竦めると息を吐きだした。
配給の後片付けが終わってるらしいミラさんは最前の馬車には戻らず、後方の馬車の影に入っていった。
ライアンは勿論のこと、俺もミラさんもリスラもだが普段使いする馬車は子供たち用の馬車になっている。師匠は開拓団では最後尾となる馬車で、ゴブリンの皆さんやドワーフ兄弟と一緒だ。
「兄さんが領地に戻った後、俺をあてにしないようにと隠しているんだが、やたらと疲れるのな」
「あぁ、そういうことだったのか」
「ライアンは自らの自由が侵されることを恐れておるだけじゃがな」
「ちょっ」
あぁ、本音はアグニの爺さんの言葉の方か、なるほど。




