第八十話
新しき勇者を筆頭とした開拓団は帝都の大通りを進む。
はず、なのだが……。
現在、幌を取っ払った馬車の上で衆目を集めているのはアグニの爺さんだ。
昨日は夜遅くまでラ・メレア妃に捕まっていたそうだが、問題は特になさそうで何より。
新たな勇者の存在は最早周知の事実である。そりゃそうだ、開拓団員の公募を執り行っているのだからね。
しかし、俺は厳正に選抜された開拓団員と帝国の重鎮だけには顔を知られているけれど、その他の帝国臣民には顔バレしていない。街中を練り歩いたことは多々あるけれど、その時には一冒険者としての振舞いしかしていないのだ。
そこに勇者の特定を防ぐという思惑もあり、アグニの爺さんに代役をお願いしている次第なのだ。
ただ、ちょっと寂しい。お飾りの神輿すらお役御免となるとは……。
それでも俺は一応、衆目に身を晒してはいる。
現在、俺は家畜を輸送する荷車の屋根の上に位置していた。
人員を輸送する馬車には金属製の細い骨組みに幌が掛けられている。
荷馬車はそれとは異なり、木製の骨組みにベニヤよりも若干厚めの板が屋根として設けられていた。屋根の両脇には帆布の一辺を挟み込み、もう一辺には木の棒が縫い込まれ、今は屋根の両脇へとくるくると丸められた状態でフックに固定されている。
夜や雨天時にその帆布を降ろし、馬車本体下部にあるフックで固定するのだという話だ。家畜に圧迫感を与えないための措置なのだとか。
で、この屋根なのだが、馬車の周囲警戒の一環としての物見台の役目を担う。
とはいえ骨組み自体はそう太くはなく、薄板なので踏み外せば、恐らく抜けて落ちることだろう。そこで相棒に四本の触手で固定してもらっている。
そう、俺は今、相棒を開拓団の見送りに訪れた帝都の衆目に晒し、魔王然としている!
俺の背から延びる八本の基幹となる触手は、禍々しく且つおどろおどろしい容貌を呈している。
勿論、葛藤はあった。
今まで必死に隠してきた相棒の存在なのだから、猶更だ。
ただ、それもまた今更な話であることも事実。既にノルデでは半数以上の住民と開拓団員が相棒の存在を知っているのだ。
まぁ、すぐに広まりはしないだろうがそれでも時間の問題であり、だからこそ諦めた。というか、開き直ったとも言う。
俺と相棒が魔王と呼ばれることで開拓団の安全が保たれるのであれば、それだけでも儲けものではないか? と、そう考えることにした。
そして俺の真横に目を向けると、そこにはひょろりとした風貌の青年が同じように荷馬車の屋根の上に起立している。
こんな外見をした人族の青年は開拓団員内には存在しない。
実際に俺はこの青年に会ったことは一度もない。ないのだが、中の人は知己である。
この青年はライアンが現在進行形で偽装している新たな勇者役で、真に俺の代行。
名乗りをあげることもなく、ただ静かに俺の横に立っているだけ。魔王と並び立つ人物を勇者と思い込むのは見物人の勝手だ。でも、たぶんこの見送りが終われば用なしになる存在だけどな。
要は帝都に潜伏している妙な輩に偽情報を掴ませようという魂胆であり、考えたのは宰相閣下。但し、ライアンの存在なくしては成り立たない巧妙な罠だった。
見物人の数がとんでもなく、大通りを埋め尽くすほどに集まっている。
ワーワー、キャーキャーという歓声の殆どがアグニの爺さんに向けられたものだ。さすがは撲殺ヒーロー、少し羨ましくも……ある。
また、馬車の進行の邪魔にならぬようにと見物人の整理を行うために均等に配置されている兵士も相当数である。
そして、この兵士の一部は帝都から一番近い宿場町までの護衛も兼ねている。皇帝陛下も妙な輩を警戒するためとはいえ、奢ったものだ。
馬車はその歩みを止めることなく進み、ついには街そのものを覆っている分厚く高い壁にポカリと空いた門を抜けた。
本来であれば入門や出門で審査があるのだが、それはそれ。ある意味で公式行事なので面倒な手続きはカットされているみたい。
「車列の変更を!」
前方からミラさんの叫び声が聞こえる。
ミラさんが乗る馬車は最前列のもので、ダリ・ウルマム卿率いる元軍人などの周辺警戒にあたる者たちが控える車両だ。現在も競走馬のような馬に乗り、周辺を警戒している者たちの交代要員たちが馬車の中で休んでいる。
それとは別に元冒険者たちは主に夜警を担当することになる。また、物見での周辺警戒も彼ら元冒険者と俺、そしてリスラが交代で任務にあたる。
リスラに関していえば、見ることに関するスキルを持つので当然と配置と言えよう。
後方を振り返れば、門の外にまで見送りの見物人たちが溢れている。
ただそれだけでもなく、俺たち開拓団の馬車以外にもたくさんの馬車が後に続いてきている。
「あぁ、あれは気にすんな。あいつらの大半は公募に漏れた連中で、自力で開拓団に紛れ込もうという厄介な奴らだ。中には商機とみて、取引を持ち掛けてくる商人連中もいるだろうがな。あとは開拓団の警備に期待して、道中の相乗りをするつもりの連中か」
「なんというか、たくましいね」
「だが、どちらにしろ、俺たちは相手する必要はない。甘い顔をしていれば、付け上がるだけのことだ。
開拓団が取引する商人もまた厳選する必要がある。それは開拓地近隣の町で兄さんやミラが見極めることになるだろうさ」
「周辺の警備に関しては?」
「連中の分まで負う必要はない。逆に、連中自体を警戒するべきだ。何が混じっているか、わかったもんじゃねえんだぞ」
ライアンの言葉は正しいのだろう。
俺たちを探るような妙な輩の存在が明らかになっている以上、後方から追従してくる馬車は当然警戒するべきか。中には良心的な人たちもいるだろうが、それはそれで別の話なのだ。




