第七十八話
『びぃむ』の赤黒い閃光が空へと消えたと同時に、開拓団の結成式は幕を下ろした。
そして俺の目の前には今、ライアンより少し背の高いくらいの緑の肌色をした男だか女だか判断のつかない者たちが居る。
じっと俺の顔を見ていて、何かの相談をしている最中だった。
「あの師匠、彼らは?」
「あぁ、そうでした。カットス君は初めてかな?
彼らはちょうど帝都に買い出しに来ていたところをスカウトした、ゴブリン族の皆さんです。本当に運が良かったんですよ!
彼らはこの度、開拓団に同行し、小作人として働いていただけるそうなのです」
「えっと?」
「中央大陸において、と言っても南大陸以外はどこも中央大陸を自称しているのですけど、それはそれとして。
この大陸のゴブリン族の皆さんは、農耕魔術のエキスパートなのですよ。僕なんかは戦闘に用いる魔術ばかりで、生産活動には向きませんからね。羨ましい限りです」
ゴブリンと言えば、ファンタジーものに於ける雑魚キャラの代名詞。若しくは一部で妖精さんに属していたりもするけど。大概が雑魚的扱いであったはず。
そのゴブリン族に対して師匠はとても高評価である。
「守り神様でねが?」
「は?」
「髪と目の色がよう似とるでな~」
ちょこちょこと近寄ってきては奇妙なことを言い放つ、ゴブリン族の男女不明な方々。守り神様という意味が分からない。
「だば、よろしくたのむっぺ」
「んだ」
彼らは背が低いからか、本来なら俺の背中を叩きたいのだろうが膝裏を勢いよく叩くと、そのまま移動していった。
話が自己完結していて進行も早く訊けなかったので、代わりに師匠に訊ねてみる。
「あの師匠。買い出しに来ているところをそのまま雇ってしまって、大丈夫なんですか? 帰らないといけないところがあるのでは?」
「それは問題ないみたいです。彼らの内の誰かが代表して住処に帰るとの話でした」
その話の内容は何とも納得できるようで、出来そうにない。ゴブリン族、フリーランス過ぎやしませんかね。
「あまり大きな声では言えないのですがね。彼らに危害を加えない限りは、大した問題でもないのですよ。
この大陸以外に住むゴブリン族は魔物と同一視されている存在で、実際に今でも被害が後を絶たないという話ですよ。彼らと会話した直後だと信じられませんが、ね。
それでですね。数百年前の事例ですが、こんな逸話があります。
他の大陸からこの大陸への移住し、こちらのゴブリン族のことを何も知らずに殺害した移民たちが居たそうなのです。ですが、移民たちはその翌日には皆殺しにされたという話です。ゴブリン族の守護者によって。
ですから先ほど、カットス君を守り神と称したのは何らかの関係があるのかもしれませんね」
「いや、えっと、それは、もしかしてまだ日本人が居るということ、ですか? でも、何百年も前の話ですよね?」
「それは僕に訊かれても答えられませんよ。彼らに直接伺ってみては如何でしょうかね」
今の師匠の話からして質問するだけなら、殺されることもないような気もするが、やはり少し怖い。
そんな物騒な逸話があるのに、どうして師匠はゴブリン族をスカウトしてしまったのか? 農業のエキスパートだと言っても、命には代えられないではないか!
「それよりも先ほどの『びぃむ』でしたか、あれは試射の時とは少し違って見えましたが?」
「あぁ、どうなんでしょうね。弾切れっぽいので、何か必要な物があるのかもしれません」
結成式の終盤で撃ち放った『びぃむ』。その後、相棒が取り出してきたステータスプレートの『びぃむ』表示はかすれてしまっていた。
相棒に確認したところでは、撃ち止めらしいのだ。そう訊ねると頭を撫でられたからね。
但し、『びぃむ』には新たに加筆された項目がある。今までは『I』のみだったのに対し、『V』という字が加えられた。
お陰でローマ数字の『I』だか、アルファベットの『I』だかの判別は未だについていない。『V』がローマ数字の『V』なのか、アルファベットの『V』なのか、またも判別できないからだ。
これに関してはもう次回『びぃむ』を発射するまでは不明のままなので、考えるのをやめた。それは何よりも無駄だから。
「威力が強すぎるように感じるけど、僕は綺麗だと思うよ」
「使い勝手が悪いのは否めませんが、綺麗ではありますかね」
赤黒い螺旋の閃光は確かに見惚れてしまうほどに美しいのは事実だ。
ただ、あの閃光は易々と利用できるものではない。相棒が自発的に使用しないことが何よりの証拠だろう。俺の意思が介在しない限り、相棒は『びぃむ』を撃つことはあるまい。
「おぉ、ここに居らっしゃったか、カツトシ殿。
荷物の収納も終わり、結成式も済んだのだ。出立についての相談なのだが、如何する?」
「ウルマム卿。人員輸送に適した馬車の手配と家畜運搬用の荷馬車の手配も済んでいますので、明日にでも発てますが確認に二日ほどあればと僕は考えますがどうでしょうか?」
「三日後に我が国の休息日となりますゆえ、四日後・五日後辺りではどうか?」
「では、四日後ということで。カットス君も構わないかな?」
「えっ、あっ? はい。師匠! ミラさんにも確認を怒られますよ」




