第七十一話
先入観や固定概念というやつは、とても恐ろしい。
皇帝陛下とライアンの言葉により、これまでの俺の認識は操作されていたという事実に気付いた。
「新人冒険者に情報収集の大切さを教えるという、職員のお仕事の一環なのさ」
「話を戻そう。ムリアの騎士たちが勇者殿を狙うのであれば、開拓地への移動の際だろうか? と、なればライアンは相手の虚をつくために、今の姿のままが望ましい」
「しかしそうなりますと、どうしても悪目立ちしましょう。この場合、木を隠すなら森ですかな。孤児院から数名見繕うというのはどうでしょうかの? 子供たちの自立にも繋がり、一石二鳥でありましょう」
「じゃあ俺は孤児院の方に潜入するとしよう。院長に話を通してもらえると助かるのだが、どうだろうか?」
色々と知らなかった事実が明らかにされ、勝手に話が進んで行く。情報量が多く、徹夜明けの弱った俺の脳では処理しきれそうにない。
「孤児院には私から話を通しましょう。ライアンにはキア・マス嬢をつけるとして、勇者殿はミラ殿をお連れしてくだされ、案内はル・リスラ殿下にお頼みしておきますゆえ」
「次は例の計画について、か? 詳細はライアンに頼むとしよう」
「俺はもう無関係なはずなんだが致し方ないか。
計画というのは、兄さんを出来るだけ早くホーギュエル領に帰らせること、だ。それには魔王、お前の同意が必要になる。
兄さんはお前の帰還という名目で、古代魔道文明の遺跡調査を敢行するだろう。この件に関して開拓地付近にあるという遺跡に擁する時間ははなんとか捻出できる。
但し、それ以降は非常に難しいと言わざるを得ない。少なくとも一度所領に戻り、あちらの意見も含める必要がある。まぁ、正確にはファビア姉さんのことなんだが……」
帰る帰らないは別として、何か手掛かりになるものがありそうだから調べてみよう。という話だったはず。
今となっては師匠が乗り気なのは俺への責任半分、遺跡自体への興味半分だと俺は睨んでいる。それはこれまでの師匠を観察した結果であり、ほぼ間違いないと言い切れる。
「お前、他人事みたいに呆けているけどな。ミラと婚姻が半ば成立していて懇ろになっている以上、明日は我が身なんだからな!
ファビア姉さんが帝国に来るのはマズイ。陛下や閣下まで、掛かり切りになるのは政治的にも外交的にも停滞を生むことになりかねん」
「ちょっ待て! まさかあの薬、お前が用意したのか、ベスタァ!」
「薬? 薬とは一体、何の話か?
政治云々を引き合いに出したのは勢いであろうが、それだけにライアンが焦りが窺えよう。ファビア殿は降嫁したとはいえ元王女であり、蔑ろに出来ないというのも事実ではありますからの」
くそっ嵌められた! ある意味でハメてもいるが、そういう意味じゃねえ!
遅かれ早かれ、そうなっていたような気がしないでもないが、それはそれだ。
ミラさんに怪しげな薬を盛った犯人。以前は師匠かと考えていたが、コイツだったのか! そういえばコイツ、薬師じゃねぇか!
「魔王、お前はもう俺と一蓮托生の家族なんだからな? ファビア姉さんの来訪を防ぐには、兄さんを領地に戻すだけでいい。だから、協力してくれ」
「……協力するのは構わねえよ。薬の件は別としてだが、何をすればいい?」
「そのままだ。開拓地付近の遺跡調査が済んだら、一度兄さんに領地に帰るよう説得してほしい。
どうせお前のことだから、帰る算段が付いても帰る気なんかないんだろ? こっちに馴染もうと努力する姿から考えれば、そんなことは一目瞭然だからな」
こいつ、よく見てやがるなぁ。
確かに今大事なのはこちらでの生活ではある。ただ一生帰らないのかと問われれば回答に困る。親兄弟の死に目くらいには会いたいという気持ちはあるからだ。
それでもそれは帰る目途が立てば、の話でしかなく、結局のところは皮算用でしかない。
「実際、その話は遺跡調査の事後でも構うまい。
今のところ最優先となるのは、開拓団の結成と移動。その後の開拓であろう?
ファビア殿の来訪は余としても避けていただきたいのは同意ではあるが……、なるようにしかなるまいよ」
「陛下、身も蓋もないことを仰るな。勇者殿にも一応はご協力の意思はあるようで、一安心ではござらぬか」
協力すること自体は吝かではない。ミラさんの叔父にあたるライアンは言ってみりゃ、俺にとっても親戚ということになりえる。正式な婚姻関係は未だ成立してはいないが、襲われた側とはいえ責任をとることもまた吝かではないのだ。
そうして永く長い話し合いはやっとのこと閉幕を迎える。
「あぁ、陽光が目に沁みるぜ」
遠い目をした俺たちは、それぞれの巣へと帰るのだった。




