第七十話
「彼女の活躍は遠く離れたオニング公国にも届いていました。俺は魔人でも男児であるので色々と地味なんです。特に魔術関連とか……。
だからかな? 彼女の活躍を耳にすることで一喜一憂していましたよ」
「不肖なる娘は密偵には向きませんで、目立つこと目立つこと。ですので、見せ札として使うことに方向転換を余儀なくされましてな」
どうやら、ライアンが変態に惚れたという話は一朝一夕になされたわけでもないようで。ここぞとばかりにアピールするライアンと、その言葉に歓喜に震える変態との間に俺の視線は右往左往するばかり。
小汚いベスタからの変わり身で既に俺の眠気は吹き飛んでいたにもかかわらず、再び睡魔に襲われてしまう。この部屋は窓もない若干息苦しい間取りなので時間すら見当もつかないが、そろそろ夜が明けていても不思議じゃない。徹夜明けというのは体がやけに疲れる、出来ることなら早く布団に入り惰眠を貪りたい。
しかも、だ。朝帰りとなれば、ミラさんがどのような反応を示すか、わかったものじゃない! もうすでに手遅れな気もしないでもないけど、ライアンと変態の見合いはオフレコだろうから秘密にするとしても、帝都に戻ってきたばかりの師匠には生贄になってもらわねばなるまい。
なんとか居眠りすることなく、深夜からの集会はやっと解散の兆しがみえてきた。
目を無理やりに開いておくことに終始したため、後半の話は全く頭に入っていないけど問題なさそうだ。俺の隣ではもう宰相閣下がこっくりこっくりと船を漕いでいるのだもの。意地を張らずに、俺も寝てしまえば良かった……。
「さて、そろそろお開きとしよう。ライアン殿にキア・マスは諸々の手続きも必要だが、それはまた後日にな。
ライス殿も旅の疲れも残しているところ、呼びつけて申し訳なかった」
「いえ、ライアンの宿願が叶いましたから、それだけで十分です。ただ明日、もう今日ですがゆっくりと休ませていただきましょう」
「勇者殿も、他の者もご苦労であった。それでは、ゆるりと休まれよ」
皇帝陛下の宣言により解散する一同。ラ・メレア妃が変態の腕を抱えるように連行していき、師匠とウルマム卿は一安心という表情を隠さずに退場していく。
さぁ俺もと、立ち上がったところで眠っていたはずの宰相閣下から制止が入り、開いていたはずの扉が閉まる音も聞こえてきた。
「勇者殿、今しばらくお付き合いくだされ」
「余も眠いのだが、もう少しだけ勘弁してもらいたい。
では、早速だがライアン、報告を」
解散後、その場に留まったのは皇帝陛下と宰相閣下にライアン、そして俺。
眠いと言うその表情は至って真面目である。
「懸念されていたジャガルの連中はうまく関所にて追い返しているという話だ。但し、ジャガルと帝国との中間にあるムリアの騎士が行商に紛れ込んだらしい。やり方も巧妙で、護衛ではなく行商人そのものに化けているとの報告もある。軍馬らしき馬も結構な数がムリアからの商品として流入しているそうだ」
「ジャガルの関税の撤廃などという戯言は帝国内の通行に際する布石であろうが、ムリアの動きが読めぬな」
「ジャガルに大借金のあるムリアのこと、同調でもしたのでしょう」
ええと……。突然、政治的な話になったんだけど。これ、俺、どうしたらいいの?
「恩を高値で売りつけるというのなら……入り込んだとされる騎士の頭数からして、狙いはこいつだろう?」
「えっ、俺?」
ライアンが俺を指さす。俺が狙われるという言葉に驚きと動揺を隠せない。
「勇者殿を狙うにしても、情報の伝達と判断に要する時間が短すぎるのではないか?」
「どうであろうか? 人物の特定こそ未定であれ、勇者の出現の情報は伝わっていてもおかしくはなかろう」
「あの、話の内容は読めなくも……ないんですが、なぜライアンが?」
ベスタ改めライアンの扱いがおかしい。俺の目の前に居る、この三名は初対面であったのでは? という疑問と、俺が狙われるというライアンの指摘に対する疑問。
「あぁ、兄さんには秘密にしているが俺は既に帝国の密偵でな。同業者なんかの情報をまとめている立場にある。勿論、普通に薬師もしてるが」
「ライアンの持つ情報網は中々に確度が高くてね。冒険者ギルドや酒場から挙がっている情報と絡めて、更に精査するとしても重要な情報源なのだ」
ん?
「冒険者ギルドって、各国共通の組織だと伺ったんですが?」
「それ、ノルデの冒険者ギルドで呑んだくれてた男に吹き込まれただろ?」
宰相閣下とライアンが揃ってニヤニヤと薄ら笑いを浮かべ、それを牽制するかのように皇帝陛下が口をはさむ。
「まぁ、その情報は間違い。というよりも印象操作されたものだ。よく似た組織が各国に存在すること自体は事実ではあるが、国や地域によって母体となる組織が全く異なってくる。
我が帝国の冒険者ギルドは職にあぶれた者の救済機関として設立されたものではあるが、商会としても側面を持ってもいるというのが表向きの体裁だな。だが、裏を返せば情報収集を旨とする機関であり、同時に密偵を養成する機関でもある」
「魔王は必死に素性を隠そうとしていたようだが、この国に逃げ込んだ時点で全て筒抜けだったんだよ」
な、なんですと……?




