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第六十八話

 惚れた女がどうこうという爆弾。それは俺の幻聴だろうか? 否、それはない。

 だって、ラ・メレア妃もまたニコニコとニヤニヤの中間といった風情でニヨニヨとした笑みを浮かべているのだから。


「ラ、ライス殿、弟君という話は真であろうか?」


「はい、間違いなく。僕とは四つしか違いませんよ」


「いや、しかし……」


 ウルマム卿も混乱の最中にあるようだが、間違いなく師匠とライアンの兄弟と変態以外には疑いの眼差しが見て取れる。勿論、俺も含めて。

 

 声を押さえた師匠とライアンの問答がまたもや聞こえてくる。比較的近い位置にある俺の席。但し、神経を研ぎ澄ませて聞き耳を立てているのは宰相閣下も同様だ。


「もうここまで来たら全部打ち明けるべきだよ、兄さん」


「だが、義母さんのこともある。少なくとも他言は避けてもらわねば……」


「兄さんは心配しすぎだよ。母さんは強いし、結構強かだよ? それこそ俺や兄さんではどうにもできないじゃないか」


「それでもカットス君のような戦闘系のユニークスキル持ちが居ないとは限らない」


 俺、警戒されているのかな? いやいやいやいや、師匠はあくまでもユニークスキル持ちの上で更に戦闘系と言及している。そもそもが俺はこの世界の政治形態をきちんと把握している訳ではない。なんとかわかる程度なのは、このラングリンゲ帝国の常識に収まる範囲だけで、それも極狭い範囲に限ったことでしかない。


「ライアン殿の変わり身は魔術に因るものであろう? しかし、その展開の速さも然ることながら、維持という面に於いても少々理解しかねる部分があるだが……」


「陛下、その疑問については今からライアンが示します証拠により判明しましょう」


 少し落ち着いて考えてみれば、俺も皇帝陛下と同様の疑問が浮かぶ。

 俺が師匠に教わった魔術の基礎では、魔術により作用した魔力は極めて短時間でしかその効果を得られないということ。それも例外がない訳でもないのだけど……。

 魔術という学問にも似た何かによると、その場にあるモノを利用する場合には魔術の終息後にも結果は維持される。例えば土の魔術において、本来ならば地面が露出していない石畳などの場所で行使する場合は、その効果は魔術の適用時間が切れれば霧散してしまう。但し例外として、地面が露出している場合且つ地面の土を利用する場合に於いてのみ、それは以後も継続されることとなる。

 そう、その場にある何かしらの物を利用するのであれば、変化そのものは残り続けるというのだ。実際に俺が行使する水の一段目の魔術にはH2Oという化学式を用いている為か、本来は魔力として霧散してしまうはずの発生した水はその場に残り続ける。残ると言っても容器を準備しない限りは地面に吸い込まれてなくなってしまうのだが……。

 考えが逸れた。水が維持できる云々ではなく、ライアンの場合は何を応用しているのか不明な点を指摘する皇帝陛下に同調するのは仕方のないことだろう。


「これからライアンが明かす真実について、他言無用に願いますれば――」


「兄さん。ここに居る人たちは魔王のこともちゃんと理解してくれているのだから、大丈夫さ」


「わかったよ。じゃあ、ライアン、君の人生だ好きにしなさい」


「あぁ、そうさせてもらう」


 ライアンは師匠の言葉を受け、若干俯くように目を閉じた。

 その直後、目を閉じたまま正面を向き、次にゆっくりとその目を開いていく。


「――ッ!」


 皆、言葉にできないのは仕方がないのかもしれない。俺だって、かなりびっくりしているのだから。ベスタからライアン=ホーギュエルに変わったことで驚き、ライアン=ホーギュエルからライアン少年に変わったことで驚愕に慄いたのは事実。だが、今回は何よりも異常なのだ。

 ファンタジー世界にやってきたのだと思えば、ある程度のことに寛容になれた気がしていたのだが、今回はどうだろうか? さすがにここまでの変化は予想外に過ぎるよ!

 ライアンの開かれた目に変化が……。白目だった部分が艶消しの漆黒に染まり、その瞳が黄金であること主張するように燦然と輝いている。つい先ほどまでは師匠やミラさんの瞳と同様な色合いをしていたはずなのに……。正直に言って白目が黒く染まっているかか、怖いという感情を持ってしまうのは仕方のないことだろう。


 正面を向いたまま、堂々とするライアン。それを心配そうに見つめる師匠の姿がそこにはあった。


「――魔人族」


 ポツリと言葉を発したのは皇帝陛下だった。

 『魔人族』。俺としても今までエルフやドワーフとそれぞれのハーフなど結構な種族の人たちに会ったことがあるが、初めて耳にする種族の名ではある。

 それぞれの種族におけるハーフという存在は、基本的に人族との間でのみ成立するそうだ。子を宿すとなるとどちらの種族も人族を介せねばならないそうで、エルフとドワーフという夫婦も中には存在するそうだが、子供をつくることに関しては諦めているのだそうだ。


「魔人、それも男児となると極めて希少な存在でありましょうな。……ただ、何でしょうな、何か引っかかるのですが」


「叔父上もですか、余も何か忘れているような気がしてならないのだが」


 またも唐突に隣りからの発言に驚きつつも、続く皇帝陛下の言葉にちょっとモヤモヤする。関連する何かの事柄が引っ掛かっているのだろうけど、早々に思い出していただきたい!


「あまり、驚かれないのですね?」


「いえいえいえいえ、驚いていますよ? 陛下や叔父様は例外です。魔人族の方というのは初めてですから!」


「わたくしも初めて、です!」

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