第六十五話
俺の横で俯いたまま、ぶつぶつと呟く宰相閣下の声はよく聞こえない。「私は被害者なのだ……全ては世間知らずのネルカが……」と途切れ途切れで、何を言いたいのかわからない。
「ライツバル様、はっきり申してください。聞き取れませんわ」
「身内の恥ゆえ、あまり大きな声で言いたくはないのだろう。
余が概要を説明するとだな。その日、部屋住みである叔父上の元に当時はまだ婚約者であったネルカ夫人が訪れ、叔父上を外に連れ出した。更にお忍びで旅行をしようと城や街の警備も無視し、帝都の外に連れ出されたそうだ。まぁ、その時点で皇宮から叔父上の姿が消えたことが判明し大騒ぎになったのは言うまでもないがな。
一方その頃、帝都外へ出たお二人は出発の準備中だったキャラバンを見つけ、便乗しようと画策したという。但し、そのキャラバンは商人と護衛で組織されたものではなく、野盗が隠れ蓑にするために偽装したキャラバンであったのだという。
それからの経過は叔父上や夫人が黙して語らぬ故、詳細は不明である。ただ、間一髪で連れ去られる間際に到着したアグニ殿に救出されたということだけは確かなのだ。アグニ殿がお二人を小脇に抱え、皇宮に駆け込んできたという話は有名であるからな」
何ともお粗末な事件の真相だった。自ら野盗の群れに飛び込み、その上救出されるなど宰相という地位につく者には酷い黒歴史である。それは隠したくなるよ。
「アグニ様のご活躍の説明が一切ございませんが、どういうことですの?」
「それは……演劇を観れば良かろう。では、アグニ殿の話はここまでにして、本題に入ろうではないか。叔父上もいつまでも落ち込んでなど居られませぬぞ」
「陛下がバラしたのではありませぬか……」
『撲殺ヒーロー アグニ』という謎の演劇の話はお終い。気になるので、今後機会があれば是非観劇してみたいところである。
「本題に入る前に、皇帝陛下、狩りはどうだったのですか?」
「ル・リスラが若干の怪我を負ったことを除けば、順調そのものであったぞ。何故か、ロングリーチやウータンなどのサル型の魔物ばかりであったことが不思議ではあるがな」
師匠が狩りの話を振ってくるということは、あの晩にミラさんが飲んでいた薬の話になるやも……。あの一件のお陰で、俺とミラさんの仲が進展したのも事実なんだけど、これだけの面子の前で話すような内容ではない。さて、どうしたものか?
「カットス君、ステータスプレートはチェックしていますか? 君のユニークスキルの成長は何に影響を受けているのか不明ですからね。何か行動を起こした際には確認しておくべきでしょう」
「あっ、はい。今すぐ確認します。相棒、鞄を出してくれ」
「それでしたら、わたくしのスキルや姫様のスキルも把握しておくべきではないでしょうか? ちなみにわたくしのスキルは俊足、派生で瞬身です。姫様は確か……遠見と暗視でしたかね?」
「リスラはそうね、夜警に最適な構成だったはずよ。キアは電光石火というのもなかったかしら?」
「いえ、それはわたくしの魔法技能ですからスキルではありませんよ、メレア」
相棒から鞄を受け取り、ステータスプレートを取り出すまでの間に変態メイドとリスラのスキル構成が判明した。それにしてもラ・メレア妃と変態メイドは元主従とはいえ、フレンドリーすぎやしないだろうか?
そんなことよりも今はステータスプレートの確認が先決だ。前に確認したのは交渉の開始日だったと思う。先日の狩りではグレートウータンの腕を得たからな、何か変化があってもおかしくはない訳だが――。
「――っ! ……案の定ですね」
「やはり変化が見られますか。それで、どのようなことが?」
何と説明したものか。ユニークスキルの欄に新たに加筆された項目、今回はこれが非常に問題だった。ステータスプレートに記載されている文字は大陸の共通言語なのだが、今回加筆されたものは何故か平仮名とアルファベットかローマ数字で『びぃむ I』と書かれている。横から覗き込んでくる宰相閣下の頭上に?が浮かんでいる。
ただ、これ、どのように説明するべきか? 試してみないとわからないというのもあるが、なんで片仮名の『ビーム』ではないのか? という疑問は尽きない。そして『びぃむ I』の『I』はどんな意味合いを持つのか?
「見たことのない文字ですね。何と書いてあるのでしょう?」
師匠もまた俺の肩口より覗き込んできた。興味を示す者たちが席を立ち、同じように後ろから覗き込んでくる。
「何故かこの文字が浮き出てきたのか不明ですが、これは俺の住んでいた国の文字です。内容は『びぃむ I』と書かれていますが、詳細は相変わらず謎です」
相棒の成長は喜ばしいのだが、この『びぃむ』に関しては手放しで喜べそうにない。ただでさえ相棒は強力だというのに、そこに『びぃむ』が加わるとなると剣呑さがさらにパワーアップすることになる。
試していない以上全容は把握できないが、それでも理解できる部分は存在するのだ。ロボットアニメにありがちな光学兵器か、宇宙戦艦の主砲など近未来兵器か、どちらにせよ冗談では済まない気がしてならない。




