第六十四話
尖塔の頂上にある重厚な金属の扉を潜り抜けると、再び扉が現れる。但し、こちらの扉は木製で、その先には人の気配が微かに感じられた。
「今代勇者、ヤマダ=カツトシ様のご到着でございます」
変態メイドにしては珍しくノックもせず、無造作に扉を開け放つ。
「おぉ、勇者殿、夜分に大変申し訳ない」
「勇者殿はそちらにお掛けくだされ、キアは私の隣だ」
部屋の中で既に待機していた皇帝陛下とダリ・ウルマム卿に出迎えられた。皇帝陛下の傍らには、寄り添うようにラ・メレア妃の姿もある。
部屋の中央にデ~ンと鎮座する巨大なテーブルの四辺に2名ずつ腰掛けるように椅子が配置されている。上座に皇帝陛下とラ・メレア妃、その対面に俺とひとつの空席。俺から向かって右側にダリ・ウルマム卿と変態メイドことキア・マス、左側は今のところ二つとも空席だ。
この妙な席次と尖塔という特殊な場所での集会。これが単なる報告会でないことは俺でも理解できるが、他にどのような趣旨があるのかは謎だ。
「ライス殿たちもそろそろ到着するはずなのだが……まさか叔父上、迷ったのではあるまいな?」
「ライツバル様は運がやたらと悪いですからね。迷宮のトラップに囚われたのではないでしょうか?」
「ラ・メレア妃、流石にその評価は酷すぎるかと。キア、人数分の茶を頼む」
宰相閣下に対する評価が辛辣だった。しかし、師匠が到着しないと何も始まらないのは事実なため、俺は何も言えない。変態エルフメイドの淹れた茶を静かに啜ることくらいしか、出来ることはないのだ。
「遅くなって申し訳ない。暗闇故か、トラップに嵌りましてな」
「ええ、二度入り口に戻され、一度は牢に収監されましたからね」
お茶を二杯ほどお替りした頃合いで、宰相閣下たちがやっと到着した。
宰相閣下は迷うことなく俺の隣へと腰掛け、空いていた左側の席へ着いたのは師匠と――。
「って、ベスタ?」
「カットス君、彼のことは後程説明します」
俺の言葉にベスタは目を細め頷きを返すのみ。どちらにしろ師匠が説明するというのだ、それで納得は得られるだろうか。
「牢屋番には口止めをせねばならぬな」
「ぐっ……」
全員分のお茶が改めて供されると、師匠からの報告が始まる。
「僕やミラの引っ越し荷物は現在迎賓館前の馬車の荷台です。また、オニング公国の連絡員は借家の名義を変更し、継続して逗留するという話でした。
そしてノルデからの開拓団への参加者は、武具屋を経営するロワン殿の次男と三男の協力が得られました。ロワン殿は高齢のため新天地への移動が難しいとのこと、ご長男は店を継ぐことが決まっているために参加を見送られました。
それと冒険者ギルドノルデ支部より、カットス君の担当の受付嬢と他一名の参加があります」
ロワン爺さん本人は無理だったか。長男は何度か話したことがあるけど、次男と三男は店の奥でキンコンカンコンと鍛冶仕事をしている姿を見たことしかない。
「冒険者ギルドの出張所要員に関しては、叔父上が本部に打診していたのではないか?」
「それについては問題はない。ライス殿はノルデでアグニ殿の指示を受けている」
「ん? アグニ殿は本部の長ではなかったのか?」
「後進の育成のために本部の長の座を退いたという話であるな」
「ちょっとお待ちになって、あなた。撲殺ヒーロー、アグニ様はご存命なの?」
何だ、ラ・メレア妃は今何と言った? 撲殺ヒーローだと……。
「待ってください! まさか、アグニさんってご本人なのですか?」
師匠まで? 訳が分からねえ。
「ご主人様が困惑なさっておいでです。メレアも伯爵様も落ち着いてください」
「勇者殿、余が説明しよう。『撲殺ヒーロー アグニ』という大衆演劇が存在するのだ。これはアグニ殿に纏わる実話を元に脚色し、シリーズ化されている演目でな。メレアは特に幼少時からこの演劇に目がないのだよ」
あの爺さん、白髪に白髭で魔術師なのかと思ってたのに、肉弾派だったのかよ!
確かに爺さんにしてはやたらと丈夫で、大岩が爆発四散した時に道具屋の孫娘を庇ったりしていたけどさ。
「私は『スチーム荒野の大乱闘』の冒頭。『クオータードルフがアグニ参上!』という台詞が堪らなく好きなんです!」
バッと立ち上がり、古い特撮ライダーの変身シーンのようなポーズを取るラ・メレア妃はとても残念な美人さんだった。そも、アグニの爺さんは変身したりはしないだろうに……。
「クオータードルフというのは?」
「アグニ殿はハーフドワーフの父親とハーフエルフの母親を持つとても珍しい血筋で、ドワーフとエルフでドルフと名乗ったらしいのです。それとメレア、スチーム荒野の話は叔父上が実話に登場するので直接訊くと良いぞ」
「何故、陛下がそれを知っておる? まさか兄上か、兄上から聞いたのか!」
「ふっ、父上が叔父上の話をするときは本当に楽しそうでしたよ」
俺の隣で、頭を両手に抱え俯く宰相閣下に掛ける言葉は見当たらない。そんな宰相閣下の背後へと這うように近寄るのは目をキラキラと輝かせるラ・メレア妃。
どのような形で宰相閣下が関わってくるのか興味がないとは言わないが、今はそっとしておいてあげたい。




