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第六十三話

 謁見と昼食会も無事に終了し、俺は部屋へと戻るとそのままベッドに潜り込んだ。昼食会で出されたお酒のアルコール度数が予想より高かったらしく、気分が優れないからだ。

 この世界のワインはそのままだととても飲めたものではなく、水で薄めてから呑むのが一般的だ。ビールに似たエールという発泡酒も存在するが、俺には苦くてとてもじゃないけど美味しいと思えない。今回、昼食会で出された果実酒は甘くねっとりとした舌ざわりなのに癖がなく、するすると胃の中に落ちていった。年の離れた兄貴がよく「甘く口当たりの良い酒には気をつけろ」と言っていた意味がわかった気がするが、もはや手遅れでしかない。

 何度か寝起きを繰り返しては、トイレに駆け込み便器にしがみ付いている。

 それにしても迎賓館のトイレ事情は素晴らしい。恐らくは先代勇者サイトウさんの入れ知恵なのだろうが、なんと水洗トイレなのだ! ただ、洋式ではなく、段差のついた和式、それでも陶器の便器なのだから十分である。

 月の栄亭はノルデでは高級宿に分類されていたけれど、木で出来た便器でボットンだった。上下水道が整備されている帝都だからこそ、水洗トイレが実現できているのだろう。野営の時などは軽く穴を掘り、用を足したら埋めるようにと師匠に教わったことを含めれば、このトイレ環境は偉大過ぎる。

 お風呂とトイレをありがとう、サイトウさん! 



――コン、コン


「ご主人様、ホーギュエル伯爵様がお戻りになられました。報告と内密なお話があるそうでございます。ご足労願えますでしょうか?」


 誰何する間もなく聞こえてきた声音は変態エルフメイドのキア・マスのもの。

 師匠が帰ってきたことの知らせにしては急すぎた。俺の体内時計が酔いで狂っていなければ、今はもう深夜に近い時間帯のはずなのだ。


「お茶を一杯淹れてもらえるか? 少しずつ落ち着いてはきているから大丈夫だとは思うが、気分転換しないと」


「まったく、手間の掛かるご主人様でわたくしは幸せ者です」


「わるいな」


 胃の内容物を全て吐き出した。足元が少し怪しいが、茶菓子とお茶で口直しすればギリギリ体裁は保てるだろうか?

 

「師匠が戻ったのはわかったけど、呼び出しをする時間帯じゃないだろ?」


「正妃様と姫様には内密にとのことです。ホーギュエル伯爵の他にも数名同席されることでしょう」


 意味深な言葉を吐く変態を訝しむが、ここではこれ以上の答えは得られないだろうな。ミラさんやリスラには秘密にしたい事柄という時点で、色々と問題がある気がするが。


「お食事なら食堂にてお出しできますが?」


「いや、胃が受け付けないから」


 嘔吐も止み、気分もだいぶ回復してきたけれど、まだ何か食べられるほどでもない。夕食を摂っていないのにも拘らず、そこまで空腹ではないことが幸いだ。


「よし、じゃあ案内してくれ」


「はい、畏まりました」


 いつになく素直な変態の態度に疑問を感じる。もしかして、俺の気分が落ち込んでいるのを察している? いや、そんなことは……ありえるのか?

 よくよく考えてみると、俺はこの変態の性格をあまりよく知らないのだ。

 どうでもいいかと思いつつ、案内されるがままに付いて行くと迎賓館を出た。跳ね橋は既に上がっているのにも拘らず、警備の兵士が使うであろう通用門を通り抜け、帝城の内部へと入った。


「夜のお城は侵入者避けが洒落になりませんから、ちゃんと付いてきてください」


「真っ暗なんだな?」


「これからの集まり自体が非公式なものですから、騎士や兵の目も避けるようにと」


 つい先ほどまで酔っ払いだったからか、足取りには自信がない。それでも、ヤバそうなトラップでも仕掛けられていては堪らないので、太腿を叱咤し気合を入れた。


 どのくらいの距離を、道程を歩いたのだろうか? 今日の昼間に初めて登城したばかりで構造を把握できていないが、この場所へは来たことはないと断言できるだろう。何故かと言えば、このような螺旋階段を昇ることはなかったからだ。

 延々と続くかと思えた螺旋階段を昇りきると、灯りを放つの魔具で照らされた重厚な金属の扉が目の前に現れた。


「ここは?」


「そこの窓から外を望めば、大体の位置は把握できましょう。わたくしは扉を開く手続きをいたしますので、少々お待ちください」


 嵌め殺しのガラス窓から見えるのは帝都の夜景だった。まるでここは展望台なのかと思うほどの高所からの眺めで、暗闇の中にちらほらと浮かぶ仄かな灯りが幻想的な光景を俺の目へと映し出す。窓にべったりとくっついて下方を眺めてみれば、同一の区画に背の低い建物が映る。あれはきっと迎賓館なのだろうな、ライトアップされた前庭や中庭の形に見覚えがある。


「ここは帝城の尖塔か?」


「ええ、東2の尖塔にございます。扉も開いたことですし、参りましょうか」


 何か手続きを必要とすると言っていたはずが、景色に夢中になっている間に完了していたようだ。やたら重そうに見える金属製の扉は内側に向けて勝手に開いていく最中だった。

 俺が今まで見た帝城の扉は全て内開き、侵入者を阻む目的で内側に閂を掛けることを思えば道理ではあるか。

インフルエンザが洒落になりません。筋肉が痛い!

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