第六十二話
匂い立つような絶世の美女に心を鷲掴みにされたまま、謁見という茶番は刻一刻と過ぎていく。限りなく露出の少ないドレス調の衣装で座しているため、そのスタイルこそ万全の状態で拝めはしないが胸元の膨らみと腰の締まり具合から察するに、極上のナイスバディであることは確かだ。
リスラと同じ銀の髪がその美しさを更に引き立て、少し垂目な眼差しと柔らかい弧を描く口元がこれでもかと妖艶さを演出していた。
この恐ろしいほどに美しい女性に見惚れているのは、何も俺だけではないことは一目瞭然であった。謁見の間の両端に控えるように佇む重装備の騎士や、宰相閣下の口上に聞き入っている素振りを見せる重臣たちの視線もまたラ・メレア妃に釘付けなのだ。
あれだけ美しい妃を得た皇帝陛下には嫉妬の嵐が吹き荒れていても不思議ではない。実際に何人かは視線だけで人が殺せそうなほどの睨みを皇帝陛下へと向けているのだから。
「――今代の勇者と開拓団の行く末に栄光あれ!」
皇帝陛下がやや剣呑とも取れる気配を纏いながら宣言。それは謁見の間に控える重臣たちや重騎士たち、それと俺へ向けた牽制なのかもしれない。
「栄光あれ……栄光あれ……栄光あれ……」と、やけに印象に残る単語が俺の中で際限なく繰り返され続ける。余の妻に横恋慕するなど許さぬ、という想いは確かに受け取りました。そも、リスラの実姉である以上、俺にはどうしようもないがね……。
「勇者殿。この後、少人数での食事会を用意しておりますからな。場所を変え、ゆるりと過ごされるが良かろう」
皇帝陛下の宣言で謁見の終了となり次第、宰相閣下が俺の元へと歩み寄ってきた。これも予定の一部で、雑多な臣が近寄ることを排するがための行動の一環である。
「立ちっ放しでしたからね。出来るだけ早くどこかに腰を落ち着けたいところです」
「うむ、そうであろう。なれば、案内は引き続きキア・マス嬢にお願いするとしようかの」
「では早急に」
変態エルフメイドの案内で謁見間を後にする。俺たちの後ろからは宰相閣下とその護衛と思われる騎士も付いてくる。
「閣下、臣従儀礼を執り行わないでよろしいのでしょうか?」
振り向き様に、ミラさんが宰相閣下へと質問を投げ掛けた。だが、俺には臣従儀礼という言葉の意味を一瞬で理解するのは無理だった。
「あぁ、それは問題ありませぬ。今代勇者殿の奥方となられるミラ殿やル・リスラ嬢は形式上、勇者殿の補佐となりますからな。勇者殿が異界へお帰りになられた際に、必要であればそのような措置を執り行いましょうぞ」
「そう、なら問題ないわね」
ミラさんは望みの答えを得られたのか、俺の左腕を豊かな胸元に抱くように纏わりついてきた。ミラさんのおっぱいの柔らかさは俺が触れることのできる女性の中で一番。というか、今のところはミラさん以外に触れることは適わない。その柔らかさと仄かに甘い匂いに一瞬我を忘れそうになるが、今は移動中なので気を引き締めなおす。迷宮と化している城内で気を緩めることは、命取り以外の何物でもないのだから。
「謁見の控室でしたら、こちらですか」
「うむ、既に準備は整っておる頃合いだろう」
5分ほど歩き、辿り着いた部屋の扉が開かれる。そこには大小のテーブルが幾つか並び、様々な料理が載せられていた。また、給仕と思われる男性や女性が複数人が壁際に控えていることも見て取れる。
「漸くのご到着であるな。余は待ちくたびれたぞ」
「まだ数分しか経っておらぬでしょうに」
控室の正面となる場所から声が掛かり、そこに視線を動かせば皇帝陛下と正妃様の姿があった。皇帝陛下もラ・メレア妃も謁見の間とは異なる衣装に着替えられている。偉い人の着る服の名称が俺なんかにわかるはずもないが、着心地の上では比較的楽なのだろうと察しはつく。
皇帝陛下はどうでもいいが、ラ・メレア妃の薄い水色なドレスは鎖骨の辺りから胸の谷間までが大きく露出されるもので俺の目が釘付けになってしまうのは避けられない。
「――痛ッ。ちょっ、ミラさん?」
「あれだけ綺麗なのだから見惚れるのも理解できるけど、私が居る所では許さないわ」
ツンデレミラさんのヤキモチなのだろうが、抓るのはやめてほしい。左腕を包む柔らかなおっぱいの感触と抓られた痛みとのハーモニーなど、一切嬉しくもないのだから。
「メレア姉さまのお陰でアタシも嫁入りが叶いました。感謝してますの」
「そう? キアも役立っているようで何よりだわ」
「折角の料理が冷めてしまいますぞ。食事をとりながら歓談されるが宜しい」
「叔父上もたまには良いことを仰る。皆、遠慮せず食し歓談されよ。ここには無粋な者はおらぬでな、畏まる必要もない」
昼前に始まった謁見もいつの間にやら時間は過ぎ、昼食とするには丁度良い時間帯であった。迎賓館で出される毎度の食事と違い、かなり豪華な食事に舌鼓を打つ。
また日常的に語らう事のできる皇帝陛下や宰相閣下と違い、ラ・メレア妃と話すのは初めてのこととなる。ミラさんとリスラが俺の両サイドに控えていることに若干焦りながらも、歓談する機会が訪れたことに感動を覚えた。




