第六十話
待ちに待った。いや、本当に待ったか? 待ったというより、忙しかったとしか言いようのないが、謁見当日はやってきた。
「鎧着るの時間掛かるんだよ。こんなことなら、リスラ押しのコートに賛成しておくんだった……」
「ご主人様、早くご支度なさいってください」
「ここ、留めてもらえる?」
折角作ったフロックコートはお蔵入りになり、地竜の皮で作られた皮鎧で謁見に臨むこととなった。理由? それはミラさんのごり押しだ。自身の意見を蔑ろにされたリスラがそれもう悲しそうな表情で訴えたのだが、ミラさんには通じなかった。
俺も当初は鎧の方が……と言ったが、それは鎧の注文しかしていなかったからであって、簡単に身に着けられるフロックコートがダメだという意味合いではないのだ。30分近くも掛かる皮鎧の装着作業の方が良いなど、俺は思ってすらない! と、断言できるが、反対意見は怖くて言えなかった。昼間のミラさんは怖いのだ。
「謁見といっても、どうせ茶番だろ?」
「確かに茶番ではあるでしょう。ですが、公にご主人様が勇者と認められることとなる、大事な儀式でございます」
「面倒くせえ」
「まぁ、そう仰らずに。現皇帝レゼット様と共にラ・メレア妃もお目見えするのです。姫様と同じ血筋ではありますが、十二分に目の保養になるかと」
何だそれは、あの晩のミラさんよりも刺激的なの? 幾らなんでも、それはないだろう。あの夜のミラさんは、それはもう……膝がガクガクと震えるほどに怖かったんだよ? それでも綺麗で可愛かったのは事実だけど。
「お前やたらと、ラ・メレア妃を押すよね?」
「元、主人ですので当たり前です」
「え?」
「事の詳細はラ・メレア妃より、謁見後に伝えられることでしょう」
何これ、前振り? やめてよね、ただでさえ緊張しているのに。
その後、変態メイドは一切無駄口を挟むことなく、皮鎧の着用を手伝ってくれた。
「カットス、遅いわよ!」
「遅いも何も、朝方ま――」
「それは今話すべき事柄ではないでしょう?」
「はい」
翌日に本番の謁見を控え、緊張から眠れないミラさんが枕を携えて俺の部屋に現れたのは深夜も深夜のこと。二人が揃うと、そういうことになってしまうのが今の俺たちの関係であった。いざ目覚めてみれば、閨を共にしたはずのミラさんの姿はなく、代わりに俺を揺すり起こす変態メイド。その驚きたるや、とても言葉では言い表せられないもので、変態がミラさんに化けたのか? ミラさんが変態に化けたのか? 寝起きで朦朧とする脳みそを、これでもかと酷使したのは言うまでもない。
「お姉ちゃん?」
「ル・リスラ、気にする必要はないのよ。ただのカットスの遅刻よ、チ・コ・ク。カットス、そんなことよりも謁見の手順は覚えているかしら?」
「俺は謁見の際、跪く姿勢は不要で終始立っている?」
「そうね。陛下に跪くのは私とル・リスラ、それにキア・マスだけ」
昨日、フロックコートと地竜の皮鎧の試着の折に説明された手順を復習する。
ラングリンゲ帝国の歴史上、どうしても外してはならない救国の英雄として先代勇者サイトウさんの名が挙げられる。そして俺は、その帝国勇者二代目として扱われるらしい。血筋も何も、ほぼ関係ないというのに……。
帝国は先代勇者が齎した技術になど大恩はあるが、それに報いることは叶わなかったという歴史がある。俺を今代勇者としてラングリンゲ帝国が正式に認めることで、その権威は皇帝すら凌ぐものになり得るという。故に謁見の場で、皇帝陛下に対し跪き忠誠を誓うという行為は許されないそうなのだ。
「俺も跪いて、床を見てたいです」
「気持ちは理解できるけど、仕方がないわよ。それに陛下と閣下の手前、カットスに面と向かって何か言う者は居ないと思いたいわね」
貴族的挨拶や茶会のルールは執事然とした紳士に習った。だが、謁見云々に至っては何も教わってはいないのだ。だから俺は、数時間後に訪れる謁見での作法がわからないでいた。
「何も問題はありませんわ、メレア姉様はアタシの味方ですの。カツトシ様は終始、レゼットか、宰相でも睨んでいれば良いのですわ」
「リスラ、ごめん。意味が分からないんだけど?」
「アタシをカツトシ様の元へ嫁がせる案を提示したのは、メレア姉様ですの。レゼットも上手く説き伏せたようですし、何の問題もありはしませんわ」
怖い。この世界、女の人が怖すぎる。
尻に敷かれることを良しとする師匠や宰相閣下をジト目で見つめていたはずの皇帝陛下。あんたも見事に尻に敷かれているじゃないか! 俺もまぁ物理的にも精神的にも、尻に敷かれていることは否定しないけどさ。
変態エルフメイドに続き、リスラまでもが黒幕の存在を明らかにしてきた。俺は、どうすれば、どのように答えれば良いものか? 否、これから臨む謁見でどのような態度を示せば良いのだろうか?




