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第五十九話

 結局俺は、今までの交渉に於けるまったりとした雰囲気は何だったのかと思うほど、多忙を極めることになった。理由としては、陪臣の面接及び開拓予定地までの進行ルートの協議にミラさんの判断を必要としたため。

 地の利のない俺やミラさんではどこをどう経由すべきか判断がつかず、リンゲニオンの姫であるリスラに丸投げする予定だったのだが、そうは問屋が卸してはくれなかった。

 俺はあくまでもお飾りの代表であり、リスラはミラさんを補佐する立場でしかなく、開拓団の総責任者たるはミラさんである。然るに、協議の場にミラさんの存在は必要不可欠とされた。自身の仕事をサボって、俺とイチャコラしている場合ではなかったのだ。



「一向に終わる気配がねえ……」


「陪臣の持ち出しは終えました。残るは陣地構築の資材と食料ですな」


 明日には本番の謁見を控えているというのに、俺は今日も相棒と『収納』に励んでいる。物資の警備要員としてダリ・ウルマム卿率いる元兵士の皆さんが赴任している。また、そのご家族にまで手伝ってもらっているというのに、次から次に運ばれて来ては練兵場内に山と積み上がっていく物資はまるで減らない。既に10日近くもここで『収納』作業に携わっているというのに、だ!


「ホーギュエル伯爵殿がお戻りになられるまでに、ここにある分は終わらせてしまわねばなりませんぞ。公募から選出された民間人の持ち出しに、ノルデからの参加者の荷物もやって参りますからな」


「わかっています。わかっていますけど……、ちょっと多すぎやしませんか?」


「各家族の持ち出し荷物も、ですからね。速度の出ない荷馬車の数が減れば、それだけ早く開拓地へ至ることが可能ですよ。頑張りましょう、勇者様」


 無理難題を平然と言ってのけるダリ・ウルマム卿に、時折こうして俺を励ましてくれるパム・ゼッタ夫人。クド・ロックさんやミヒ・リナスさんという変態エルフメイドのお兄さんたちも同様に、俺の肩を軽く叩きながら労ってくれる。ただ、リンゲニオンの命名方式はラングリンゲ帝国でも常識らしく、俺的には微妙なことこの上ない。なるべく気にしないようにと努めているが、とても覚え辛いので非常に困っているのは内緒だ。

 クド・ロックさんとミヒ・リナスさんは帝都勤めの騎士だそうで、開拓先に永住することはないそうだが、当面は警備員として派遣されるのだとか。また、長女と次女も既に他家へ嫁いでいるそうで開拓団には参加しない。三女の変態だけが何故か売れ残っているのだそうだ。不思議だなぁ。


 作業は続く。男手で荷物の選別を行い、女性陣が目録として記録していく。漏れがないように、声に出して確認を取るようにしてもらっている。そして一つの山を丸ごと記録し終えたら、俺のというより相棒の出番だ。選別し終え、再び山と積まれた物資を落とし穴の要領で呑み込み『収納』する。触手はおどろおどろしいと手伝ってくれているご家族に申し訳ないので、スライム製の景色を透過するものを採用した。

 俺の背後の空間が陽炎のように揺らぎ、興味深げな視線を感じるのだが誰も何も言わない。そしてダリ・ウルマム卿とそのご家族以外は俺の傍に近寄ってすら来ない。怪しさ満点だからな、仕方ないよな? 相棒。


 もう地竜2頭分などとっくに超えた量を呑み込んでいるはずなのに、相棒は次々に山なりの物資を『収納』していく。一体、どれだけ入るんだよ? 


「ご主人様! 正妃様がお呼びです」


「お、おぅ。でも、これ今日中に終わらせないといけないし、ミラさんは来れないの?」


「服飾店から赴いた者が居りまして、試着と手直しをと」


 マジで? 練兵場から迎賓館まで徒歩で20分は掛かり、往復で1時間近くロスするのは痛恨の極み。今日のノルマ、確実に夕食前には終わらなくなっちゃうよ。

 

「衣装……ね。わかった、今から行くよ。――すみませーん、作業進めておいてください。戻り次第『収納』しますんでお願いします」


「はいよ、勇者様! ちゃんとやっておくから安心しな」


「では、参りましょう」




 迎賓館に戻ると俺の部屋には既にミラさんとリスラ、服飾店と防具屋の職人それぞれ待機していた。


「どちらにしようか迷うのよね。とりあえず、着てみなさいよ」


「俺はどちらでも良いんで、早くしてほしいです」


 先に試着したのはフロックコート、帝国では一般的に正装とされているらしい。

 着用すると、職人の手で仕付け糸が外される。オーダーした際にも採寸しているからか、物の見事にぴったり。問題があるとすればデザインが現代風ではなく、畏まった感じで堅苦しいところか。


「手直しの必要はなさそうね」


「では、次は皮鎧一式をお願いしますね。カツトシ様」


 鎧を着るのはちょいと時間が掛かるんだよ。すっぽりと被れば終わるという話ではないのだよ。

 最初にベッドの脇に置いてある鎖帷子を着込む。人によっては鎖帷子か鎧下、又は両方着る人もいるということをロワン爺さんに聞いたのはいつの頃だったか?

 次に胴部分を身に着け、脇にある紐で前後を縛り固定する。この鎧、喉当と肩当が一体成型になっていて大助かりだよ。その後、腕鎧を肩当の下部にある皮のベルトで固定し、腰垂と腿当を同様に固定したら完了。

 金属鎧だともっと複雑で色々な部位があるっぽい。でも、あんなもん重くて身動きできなそうだし、ガシャガシャうるさそうだから、俺は皮鎧で十分だわ。


「うーん、やっぱりカットスは鎧の方が似合うのかしら?」


「でも、コートも捨て難いですよ? カツトシ様は冒険者なのですし、皮鎧を着る機会は幾らでもありますから、コートになさいませんか?」


「帝国で勇者様と言えば知の人ですが、ご主人様は武の方かと、ここは皮鎧でいきましょう!」


「俺はどっちでも良いんだけど……」


 ミラさんたちの言葉に、コートと鎧をそれぞれ届けに来た職人たちは俺と同様に困惑していた。

 作業終わったんだから、帰ればいいのに律儀だなぁ……。あぁ、うん。料金受け取ってなかったのね。

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