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第五十八話

 「昨晩はお楽しみでしたね」などという言葉は俺には通用しない。俺はただ為す術なく、蹂躙されたに過ぎないのだから……。そして「もう粉も出ない」という台詞をまさか体現するとは夢にもおもわなかったな。


 今は明け方の4時とか5時とか、たぶんそんな時間帯。


 ミラさんに襲われた俺は何も天井のシミを数えていたわけではない。

 何度か正気を取り戻してもらおうと必死に訴え、そして耐えた。が、ミラさんの暴威は留まるところを知らなかった。

 据え膳食わずは何とやら、やはり俺も男の子なのだ。ここまでお膳立てされ、何もしないというわけにもいかず、反撃に打って出ることにしたのだが……。なにぶん、初めてのことで何をどうしたら良いのかわからず、ネットや薄い本などの付け焼刃的知識ではきっちりと教育の施されているミラさんに対抗するなど不可能であった。以降はもう諦めの境地で為されるがまま、俺の上で妖艶なダンスを踊るミラさんを眺めていることしかできなかった。

 そういて気が付いてみれば、いつの間にやら窓の外が明るくなっていたという事実。俺が一睡もできなかったことは、今更語るまでもないだろう。


 大暴れしたミラさんも余程お疲れなのか、つい先ほど俺の胸元へと崩れ落ちるように眠りについたところだ。今、俺の胸元ではミラさんのヨダレを垂らして爆睡していらっしゃる。

 口には出さないけれど結構重いので、そっと体を傾けて俺の右側にミラさんの体を落とす。

 体を起こした際に視界に入ったシーツがちょっと表現できないほど酷い。ミラさんと俺の様々な体液に混じり、桜の花びらのように淡いものとあからさまに血液とわかるものがちらほら。

 これ、どうしよう? 毎日ベッドメイキングに訪れる迎賓館の職員には、この惨状の原因が何であるか一目瞭然のはず。こういった場所では守秘義務のようなものが働く? 現代日本でもないのに、そこまで徹底しているかどうか……。


「……ん、うん」


 俺以外で声がするとすれば、それはミラさんしか居らず。目覚めたという合図。


「……おはよう……カットス」


「おはよう、ミラさん。覚えてるよね?」


「……」


 昨晩はあんなにも強引だったというのに、顔を耳まで真っ赤に染め押し黙ってしまうミラさんはとても可愛い。っと、やばい! 疲れ果てていたはずの触手に反応が。

 というか、最近相棒はミラさんの行動を阻害しなくなったな。恥ずかしさを誤魔化すためか、ミラさんの殴る蹴るが再び横行し始めたことを思い返す。


「どうしたの?」


「いや、なんでもないですよ。てか、説明を求めても良いですかね?」


「あれは……狩りで血を見ると昂ったりするから、お前が静めてあげなさいって父上が……薬を、ね」


 ちくしょう! またアンタか、師匠。しかも、実の娘に一服盛るなどと……。

 でも今回は非常に感謝しているよ。お陰様で、俺は大人の階段を昇らせていただいたわけだし。ただ、そのやり方がなあ? ムードも何もなく、ただ蹂躙されただけという。絶対に誰にも言えないわ、こりゃ。


「ミラさん、師匠に利用されないようにするんじゃなかったんですか?」


「だって、ほら。ル・リスラが怪我を負ってしまったじゃない。カットス、気にしているのかと思って……」


「んー、そこまで気にしてはいなかったんですけどね。でもまぁ、ミラさんの可愛い姿を見られたので、良かったと言えば、良かったですけど」


「えっと、ありがとう?」


 キョトンと首を傾げるミラさんの姿に、我慢が限界に達した。

 昨晩は主導権を握られたまま、何もできなかった俺の反撃の狼煙が上がる。まずは、その瑞々しくも艶やかに潤んだ唇へ突撃してやるぜ。


「あ、もうバカ……ん」


「ミラさんが可愛いのが悪い! あと、酷い目に遭った仕返しを」




 


「ミラさん、起きられますか?」


「無理ね」


 今日は朝から医師がリスラの診察に訪れることになっていた。また交渉の方もその診察が済み次第、開始されることとなっている。

 交渉に関しては特に急ぐものはなく、集積された物資を目録作成と共に相棒に『収納』すること。開拓団が経由する都市や町を含め道程を定めること。陪臣候補者との面接など、実務レベルでの話し合いがほとんどであるらしい。


「どちらにしろ、一度風呂に入らないとダメですね。抱き上げるので、暴れないように」


「……ありがとう、ごめんね」


「時間がないから急ぎますよ」


「時間がないのは、カットスの所為よ」


 ミラさんを掬いあげるようにお姫様抱っこして風呂へと向かう。その際、ミラさんの死角からこっそり相棒に腕を支えてもらう。ミラさんは年齢にそぐわないよく発育した体型なため、俺の細腕にはやや重量過多なのだ。

 風呂から上がり、身支度を整えると、リスラに与えられている部屋へと急いだ。



「それでは、お大事にどうぞ」


「やはり肋骨に罅が入っただけのようですの。派手に動き回らなければ良いとの所見をいただきましたわ」


「じゃあ、今日は部屋で大人しくしていてもらえるかな? 俺は相棒と物資を『収納』しなくちゃならないからね」


「なら、私は目録を作るわ。カットス、一緒に作業しましょう」


「姫様のお守りはお任せください」


 リスラが迎賓館に篭るため、会議のような話し合いには彼女に応対してもらう。その間に俺とミラさんは幾つかある作業に従事することとなる。

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