第五十七話
相棒の『収納』能力の開示も済み、本日の狩り一行は解散となる。
お昼過ぎということもあり軽く食事をとった後、リスラを部屋へと運び込むとベッドに寝かせた。
「カツトシ様、お手を煩わせてしまい申し訳ございませんの。安静にして、なるべく早く復帰できるよう努めますわ」
「謝る必要はないけど、大人しくしているんだよ。メイドにはリスラの身の回りの世話をお願いしておくからさ」
俺の感覚としてリスラは妹のような何かなのだが、それでも一応俺のお嫁さん候補だったりする。ミラさんの中では、ほぼ確定している事項なので余計なことは言わない。怖いから。
「医師の手配もされているそうだから、診察の時にでもまた顔を見に来るわね」
「医師の診察は早くても明朝らしい。俺も歩き疲れたし、今日は早めに休むことにするよ」
今回の狩りも活躍したのは相棒であって、俺はただ単に歩いていただけだ。それでも自らの足で歩く距離としては、この世界に来て以来最も長い距離だったろう。お陰で両足のふくらはぎは、はち切れんばかりにパンパンである。近頃の中・長距離移動は専ら相棒に任せていたことが祟ったとも言える。運動不足である事実を認めると共に、鍛えな直すことを心に誓う。
さて、筋肉痛は温めるのと冷やすのとどっちが良いんだったか? どちらにしろ、まずは風呂でゆっくりと体と心のリフレッシュを図りたい。
窓の外はもう薄暗い。俺は何時間風呂に入っていたのかと、ちょっぴり後悔が募る。体を洗い、湯船に浸かった後の記憶が曖昧なのは、そのまま寝入ってしまったからだ。
実家の風呂だと寝ている間に湯が冷めたり、姿勢が崩れて溺れかけたりすることが多々あったが、この帝国の風呂はそういったことが起こらない。
浴槽が魔具となっており、温度が一定以下に下がることがない。それだけなら全自動給湯器も同様なのだが、電気代の無駄ということで保温機能はオフにされていた実家と違い、こちらの魔具は機能の維持に入浴している人の魔力で賄われる。新たに風呂へ入る際も魔具に掌で触れるだけで、必要な魔力が供給され湯が張られるという仕組みになっていた。
そして浴槽には背もたれと枕が備わっており、そのまま安眠できてしまう。気持ち良くて風呂で寝る人が多いからこそ付けたのだろう、この設備はかなり危険だ。高確率で、そのまま寝入ってしまうからな。
夕食は迎賓館内の食堂へと赴き、席に着くなり給仕から配膳されたものを美味しくいただいた。今日のメインメニューは具沢山な牛型魔物肉のシチューだった。
給仕のおばちゃんに牛型魔物の生息地を訊ねると、守護の森外縁の平野部に生息しているとのこと。今日の狩りも森のサルたちでなく、この牛型の魔物が良かったなぁ。食料としてストックしておくには最適だったのに……。
一人寂しく食事を終えて部屋へと戻り、木の歯ブラシで歯を磨く。この木の歯ブラシ、特定の生木の枝を叩くことでほぐすと出来るらしい。ただ、5日くらいしか保たないのが勿体ないというか、なんというか。
その後、やることはなくもないが、長風呂だけで疲れが取れ切っていないため、ベッドに潜り込んで寝ることにした。
このベッドのマットのような敷布団の中身はたぶん羊毛。ベッドの木枠に縫い付けられているようで、干したりは出来そうにない。極度に湿気を吸収しているのか、寝転ぶと少し冷たく感じるのが難点だ。お日様の匂いのする、しっかりと干された綿の敷布団が恋しい。
と、ウトウトしていたところに、扉をトントンと叩く音が聞こえてきた。
眠るには少し早い時刻ではあるけれど、一体誰だろうか? 温かい布団から離れるのは惜しいが、出ないわけにもいかない。
「はい、どちらさまで? って、ミラさん」
「……はぁ……はぁ、カットス」
何か様子がおかしい。息遣いが荒く、顔が少し赤い。
「ミラさん、どうしたんです? 熱でもあるんですか? とりあえず中へ」
熱を計ろうとミラさんの額に手を伸ばしたが、途中で捕まれミラさんの頬に誘導されてしまう。柔らかい……じゃなくて、体温が若干高めか?
「えっとミラさん、本当にどうしたんですか? 雰囲気がいつもと――」
部屋の片隅にあるソファとローテーブルの元に案内しようとするが抱き付かれ、俺の腰の辺りをギュッと力強く抱きすくめられてしまう。
俺とミラさんの身長は10cmも違わず、ミラさんの吐息が俺の顎を掠めていく。そしてミラさんの体の前面の特に柔らかく豊かな双丘が、俺の腹筋で押し潰されている。また、風呂上りなのか、燃えるように赤い髪が少し濡れており、とても良い香りが俺の鼻腔をくすぐる。
そんな状態が続けば、俺の男の子な触手が反応してしまうのは必然だった。だが俺自身は強く抱きすくめられており、万歳したままの状態で身動きが取れない。
「はぁはぁ……カットス」
「ちょっと、マジでやばい! ミラさん? っと、ミラさーーん!」
抱きすくめられたまま、押し出されるようにベッドまで連行される。そのままポフンッと押し倒されてしまった。
「ちょっと待って! なんで脱がすの?」
生成りのシャツを捲り上げると、裸された俺の胸筋にキスした。
俺は何が何だか判らずに、なされるがまま。
「……好き」
「え? いや、待って待って」
胸の辺りから順に首筋へとキスを落とすと、俺の正面にはミラさんの顔が――。
「――んんっ」
「んうんん」
呆気にとられたままの俺を無視し、ミラさんは覆い被さるように自らの唇で俺の唇を塞いだ。




