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第五十六話

 守護の森の外縁に待機していた2台の馬車に、俺たち4名と皇帝陛下たち5名に別れ乗り込む。護衛たちが背負っていた獲物も最後尾の幌付きの荷馬車の中へと収められた。道中で血抜きを済ませているので、馬車の床を汚すことは少しで済むだろう。

 帝都までは1時間ほどの道のりがあるので、馬車の中で体を休めることが出来るだろう。リスラは馬車の座席のひとつを占有するように相棒が優しく寝かせた。ただ、馬車の揺れでも痛覚が刺激するらしく、時々痛みをこらえるような表情をする。


「ル・リスラはしばらく休むこと。無理をした報いね」


「姫様の護衛を賜っていたわたくしの判断ミスです。申し訳ございません」


「いえ、キア・マスの機転のお陰でこの程度で済んだのですわ。今回はアタシが悪いのよ」


「俺もあんなデカいのが居るなんて思いもよらなかったからね。油断大敵ってことだ」


 勝手知ったる守護の森ということで舐めて掛かっていた節もあるのだろう。俺も実際にあの大物が現れるまでは、似たようなものだったからな。これからの教訓として生かしていきたいところだ。特にグレートとウータンが組織的に動いていたことは驚嘆に値する出来事だった。魔物が知恵を持ち、こちらを包囲してくるなど考えてすらいなかったのだから。


 馬車は進む。帝都の門は顔パスで優先的に通過し、一切止められることすらなかった。大通りを真っ直ぐに、迎賓館を目指して進む馬車の列。

 装飾もロク施されていない地味な馬車に牽引するのも普通の馬だからか、通りを歩む人々は特に気にした素振りも見せない。大方、商人や下級貴族の馬車だろうと高を括っているのだろう。


 時刻は昼を少し過ぎた辺り、帝城と皇宮、迎賓館を囲う高い壁とその門前で警護する兵士たちの敬礼を横目につつ、区画内へと到着した馬車がやっと停車した。


「皆の者、お疲れであろうが、今しばらく余に付き合ってもらおうか。それでは勇者殿、お願いいたす」


「早速ですね?」


 相棒にリスラを抱えさせ、馬車から降りたところで皇帝陛下からお声が掛かった。言いたいことはわかる。相棒に『収納』された獲物を取り出せ、ということだろう。


「相棒、もう吸収しちゃってるだろうけど、出せる分だけで良いから出してもらえるかな?」


 相棒は俺の頭を撫でる。了解したということだ。

 『収納』されていたグレートウータンとウータン2体が瞬く間に目の前へと放出され現れた。グレートウータンもウータンも既に解体され、相棒が吸収してと思われる部位は肩から先の腕と股より先の足の部分が存在しないダルマとなってしまった胴体と頭部のみ。それも綺麗に皮が剥がされ、皮と筋肉の筋が見える肉に分別されていた。

 俺としてはグロテスクなことこの上ないのだが、この世界の住人である者たちは驚きこそすれ、そのような感想を抱くことはないようだった。


「ほう、これはまた立派な! しかも既に皮剥ぎが終わっているとは」


「ご主人様、腕や足はどうしたのでしょうか?」


「腕や足の部分は恐らく、相棒の糧になったのだと思われます。新たな触手を得られたのではないかと考えますが、どうなの?」


 リスラを支えている触手のみしか姿を見せていない中。俺の背中にモゾモゾとした感覚がある。そして少々手間取った後、漸く現れた触手はグレートウータンが俺たちに向けた巨大な拳と大木のように太い腕そのものを、まるで取って付けたかのような存在感を放つ。その大きな手で頭を撫でられる、俺はというと……。


「ま、いつもこんな感じです。――やめろ、相棒! 掌の皮膚が固い、痛い! よせ、潰れる!」


「何、やってるのよ?」


「触手様はこのように成長なされるのですね。それでしたら辺境の魔物を順次取り込み続ければ、更にバリエーションが増えると?」

 

「まぁ、そうなると思う。シャドーはやめろ、風圧が凄い! 今度ちゃんと機会を設けるからさ」


 轟々と音を立てて素振りをする相棒。触手の本数が倍に増し、新たな武具を買い揃えようかと考えていたがその必要はなくなった。ただ、ここには皇帝陛下の護衛も含め多くの人がいる。それに怪我を負ったリスラにも悪影響を及ぼしかねないので、素振りはすぐに止めさせなければならなかった。俺の額をツンと一度突いた相棒は渋々なのだろうけど、素振りを止めた。


「カツトシ様は本当に触手さんと仲がよろしいですの。少々羨ましく思ってしまいますわ」


「姫様も触手様にご興味がおありなのですか? これは……ライバルの出現ですね」


「……ちがうわよ! あんたと一緒にしないで」



「勇者殿。このグレートウータンの皮なのだが、買い取らせてはいただけないだろうか?」


「俺には使い道の見当もつきませんし、構いませんよ」


「それならば、早急に査定する者を手配するとして、だ。今回の護衛の報酬と合わせて支払わせていただこう」


「傷一つない皮なのだし、評価額は相当に期待できるはずよ。これで資金にはだいぶ余裕ができるわね」


 両の拳を握るミラさんの表情は随分と明るい。資金面は準備金を得られるからとそれほど心配していなかったはずなのだが、あるに越したことはないのだろう。俺も出稼ぎばかりでは辛い、余裕があるのはとても良いことなのだと思いたい。

 

「あの、この肉の部分はどうしたら?」


「ん? ウータンの肉や臓器は滋養強壮の薬に用いられることが多いという話。皇宮の出入り商人を幾人か見繕い、ご紹介するとしよう」


 いくら田舎育ちとはいえ一般的な家庭で育った俺に猿の肉を食べるという習慣はない。というか根本的な問題として、二足歩行する生物を食べることに生理的嫌悪感があり不可能だ。相棒の『収納』庫にストックしておいたとしても、いつまでも死蔵してしまうのがオチだろう。

 皇帝陛下より御用商人を紹介してもらえるというのは渡りに船である。右の心臓と呼ばれる魔石を有する器官を抜き取った後は、余らせることなく全て売り払ってしまいたい。

 これはきっと詭弁なのだろうが、彼らの命を刈り取ったものの責任として何らかの形で利用することは必要だと考える。ただ無意味に殺し、打ち捨てるようなことは許されざる行為だと思えてならなかった。

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