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第五十五話

「んんっ」


「ル・リスラ、ごめんね。痛かったでしょう?」


「正妃様、結果オーライでございます。落ちたショックで目覚められたのですから」


「カツトシ様、ご迷惑をおかけしまし――痛っ」


 起き上がり言葉を発した際、脇腹を押さえて蹲るリスラ。あの巨体を相手にしたのだ。直撃でなくとも掠るだけで致命傷となりかねない。


「姫様、失礼いたします。……ここですね。折れてはいないようですが、罅が入っていてもおかしくはないでしょう。触手様にお運びいただいた方がよろしいかと思われます」


「ああ、そうだな。相棒、頼む」


「申し訳ありませんの」


 少し先に放置されていたクロスボウを回収後、俺たちは4人固まって皇帝陛下たちの元へと急ぐ。巨大ゴリラではなくウータン2体の相手とはいえ、心配は心配なのだ。俺たちは後方からの奇襲を仕掛けたため、そう時間も掛からなかったが、真正面から相手をしている皇帝陛下たちが苦戦を強いられていないとも限らない。


 俺たちが急ぎ合流したのは皇帝陛下たちと戦うウータンの左側面。皇帝陛下たちから見て右側となる。1体は既に力尽き地面に伏せっているが、残す1体との攻防はまだ続いていた。


「狩りの作法がわからないんだけど、援護してもいいのかな?」


「そうですね。特に加勢せずとも危険はないようですし、周囲の警戒でもしておきましょう」


「大丈夫? ル・リスラ」


「罅でも痛いだろうに……。回復、治癒の魔法みたいなものがあればいいのに」


「――ッ! カットス、父上に教わっていないの? 治癒魔法はどこの国でも禁忌指定だから、あまり口にすべきではないわ」 


「禁忌指定って?」


「触手様の警戒が厳重なようなので、ご説明はわたくしからいたしましょう。

 治癒魔法。その基本術式及び術式に関する文献に至るまでの悉くが多くの国で禁忌指定とされています。ラングリンゲ帝国でも治癒魔法を用いた者・文献を市井に流通させた者は死罪とされます。故に正妃様の仰る通り、軽々しく口にするべきではない事柄なのです」


「術の効果は私が説明するわね。治癒魔法を用いると傷や怪我は目で見てわかるほどに回復するらしいわ。病気に対応する術式は色々と複雑で、その病気に対応する術式が必要なんだと父上は言っていたわね。

 で、ここからが本題ね。人は心と体、それぞれに寿命がある。治癒魔法は体の傷や怪我を治す際にその人の体の寿命を消費してしまうの。そうすると、心が寿命を迎える前に体の寿命が尽きてしまうことになるわ。それは傷や怪我が酷ければ酷いほどに、治癒魔法を行使した際に消費する命の量も多くなってしまうのよ。

 そして心より先に体の寿命が尽きてしまった場合、大半の人はそのまま死んでしまう。例え体の一部が迎えた死でもいずれは体全体が死に至る。死してしまった体はもう手の施しようがないから、死が伝搬していくんだって。但し、それはあくまでも大半の人たちであって、稀にアンデッド化することもあるというわ。

 アンデッド化してしまった人も心が寿命を迎えるまでは普通に生活しているらしいけど、食事や睡眠の必要がなかったり、日光を避けるようになったりするらしいわ。その後、心が寿命を迎えてしまうと魔物化するんですって」


「へ~、だからベスタみたいな薬師が必要なのか。探せば、医者もいるの?」


「医師はオニングだと貴族に多いわね。利用するのも貴族ばかりで、庶民は薬師を頼るらしいわ」


「帝国でもその辺りの事情は然程変わりはありませんが、大怪我を負ってどうしようもない時などは、火魔法で焼き止血することもあるそうですよ」


 変態エルフメイドは然もありなんと簡単に言うけれど、火で焼いて止血なんて何の冗談だよ……。リスラの怪我を早急に癒してあげられないことは悲しいが、その理由はしっかりと説明してもらえたので納得するほかない。リスラゾンビなど出来上がっても扱いに困ってしまう。まず間違いなく、相棒に丸呑みにされてしまう未来しか見えないからな。



「お待たせしてしまって申し訳ない、勇者殿。この大きさのウータン2頭が一度に襲ってくるなど、今までに無かったことでね。余も近衛たちも緊張を途切れさせず、有意義な実戦経験を積めた」


「それは良かったです。ただ、こちらはリスラが少々怪我を負いましてね。これで引き上げようかと思うのですが、如何でしょう?」


「それは大変だ。実のところ、余らも疲労困憊でな。本日の狩りはここまでにしたい。周囲の警戒をしつつ、引き上げようではないか」


 前衛で盾を構えていた人たちはもうズタボロだった。中衛の槍も一人の得物は穂先が折れて外れている有様だ。地に伏せ命尽きたウータンには様々な傷跡があり、鏃の部分だけが皮膚に埋まり残されたまま、実に痛々しい姿を晒している。


「それでル・リスラの怪我の具合はどうであるか?」


「ええ、脇腹の骨に罅が入っているようなのと、その他は打撲ですかね」


「嫁いだばかりの姫が怪我とは一大事、暫くは静養させねばなるまい。話は変わるのだが、キア・マス嬢の報告では大型の魔物が確認されたはずだが、それは?」


「グレートウータン、でしたか? 結構な大物でしたけど、無事に討伐しましたよ」


「んん? それで獲物はどうされたのだ?」


「あぁ、それは秘密です」


「ダメよ、カットス。陛下にはお教えしておいた方が良いわ。物資の運搬もあなたに任せるつもりなんだから!」


 え~、相棒の『収納』は俺と相棒、それと師匠親子だけの企業秘密にしておきたかったのに。大体、どれくらいの容量があるのかさえ分かっていないのだから。

 とりあえず、大型バス相当の地竜が2頭入る程度の容量はある。その在庫がある上で、今回のサル3匹が入っていることになるから……大容量であることは間違いはない。


「今は帰路の途上ですし、迎賓館の庭ででも披露しま――」


「――イ゛ヤァァァァ」


「なんだ!」


「姫様、どうなさいました?」


「今、今ね、その後ろでロングリーチが、触手がぷくーってなって、パクって丸呑みに!」


 相棒の有効射程圏内はある種の結界だ。今現在、2本の触手が根元からミラさんとリスラの座席となり占有されていたとしても、残る12本の触手で十分に対応できてしまうのだ。


「ル・リスラ、そう慌てる必要はないわ。だって、今更だもの……」


「グレートウータンも丸呑みでしたからね。気にするだけ無駄ですよ、姫様」

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