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第五十三話

「カットス、顔色が悪いわよ。大丈夫なの?」


「あ、はい。大丈夫……ですよ」


 守護の森を進む狩りの行列。その先々で出会う獲物たちの殆どは大小の差はあれど、サルばかり。時たま、木々の間を跳ぶように襲ってくるのが一撃必殺のスモールラビでは気を休める暇もなかった。

 

「ミラさんだって顔色が良くないですよ」


「私はこういうの初めてだもの。ほら、血がこんなにたくさん」


 俺たちの前方で前衛を務めている護衛2人が肩に背負う獲物から血液が絶えず流れ続けていた。これは行軍と共に効率よく獲物の血抜きを行うためなのだという話だ。

 だが、俺やミラさんにとってはストレスの原因にほかならない。



「いた! ……けど、囲まれてる?」


「正面、大型1! 左右の樹上に中型がそれぞれ2ずつ、回り込まれています!」


 斥候の変態エルフメイドが叫ぶ。俺たちへ警戒を促すために。だが、その大声に反応したのか、俺たちを取り囲む何者かに動きがあった。


「任せるよ、相棒。ただ、ミラさんの安全が最優先だけどな!」


 俺たちの正面には斥候と前衛で計4名が存在する。ならば、俺が警戒するべきは正面ではなく側面だ。気を引き締め、左右の樹上から地面に至るまでを細かに観察しつつ、効果的だと思われる魔法を選択する。

 森の中、生木が燃えにくいとはいえ落ち葉や枯れ枝は何の問題もなく燃え広がることだろう。だから、火を用いる魔法は使用できないのは当然のこと。なので、交渉の合間の暇を利用し、構築・記憶しておいた魔法を使うことにする。


 相棒の感知範囲に入ったのだろうか、左右に展開する触手の先端は忙しない動きを見せている。まるで、その触手の先に何かが存在するかのようだ。


「思ったよりデカイな。ミラさんは、無理に見る必要はないから盾の影に隠れていてください」


 左の木々の隙間から2体のサルが現れた。今まで遭遇していたロングリーチと呼ばれる白く長い毛を持つ手長猿なのかと考えていたのだが、その姿が異なることと体の大きさに驚く。その姿が子供の頃に動物園で見た覚えのあるオランウータンにそっくりだったから。

 前衛の護衛たちは盾を構え、左側から現れたオランウータンを前面に据えるように動きだした。


「でも、ル・リスラたちが心配よ」


「あの変態メイドがついているんです。時期に合流してきますよ」


「そうだと良いのだけど」


 右からもオランウータンが2体、ひょっこりと顔を出した。左側の方が若干近い距離にはあるがそれでも50m以上は離れている。右側に至っては、姿がチラチラと木々に見切れ確認し辛いが、100m弱といったところだろう。


「勇者殿、左側のウータン2体の足止めは我々が引き受けます。右側と、出来るなら正面の警戒をお願いできますでしょうか?」


「お二人で大丈夫なんですか?」


「問題ない。余らもそちらを引き受けるでな」


 おっと、左右の警戒に重きを置きすぎたか、皇帝陛下たちが接近に気付かなかったよ。


「なら、平気そうですね。俺は右と正面、引き受けました。ミラさん、少し移動するよ」


「任せるわ」


 相棒はおっかなびっくりしつつも興味津々なミラさんを、俺の左手の届く範囲に引き寄せた。ミラさんのそわそわと宙を泳ぐ右手を俺は左手を伸ばし握る。


「ひゃっ! もう、びっくりしたじゃない」


「相棒は血を流さないように考慮してくれるでしょうが、陛下たちはそうもいかないでしょう。だから、余り見ても面白いものではありませんよ」


 皇帝陛下と護衛4名の陣形は盾2枚に槍が2本と弓だ。バランスの良い組み合わせで、誰かしら魔法を使うかもしれないから俺も観察しておきたい気持ちはある。でも、どうしたって血が流れることは避けられないだろう。怖いなら、見なければ良いのだ。


「正面に何がいるのか確認する必要がありますが、まずは右側をどうにかするのが先ですね」


「どうするの?」


「向こうも警戒しているのか、寄ってきてくれませんからね。こちらから踏み込みます」


「危ないじゃない」


「正面をいつまでも放置しておけません。リスラたちのことも心配ですし、吶喊でもされたら大惨事です。急ぎますよ」


 とは言っても、あくまで相棒の射程距離内に捉えるだけだけのこと。30mといえば結構な近さなので、初見の相手に恐れがないわけでもない。それでも俺には相棒が居るのだ。それがどれだけ心強いか、語るまでもない。

 オランウータン改めウータンとの距離は直線距離で30m強といったところ、木々が射線を妨げるため邪魔だがあと少し。相棒もそれを感じ取ったのか、俺の背中でモゾモゾと動きがある。


「あれ? 触手の数が減ったわよ?」


「あぁ、まぁ、裏技ってやつですかね。ミラさん、向こうにもこちらの居場所はバレているでしょうけど、声は押さえてくださいよ」


 ミラさんの座る触手や俺の視界にある触手は目視が利くドラゴンベースの触手。それは誤射を防ぐためと、硬質な鱗と皮膚による防御力を期待してのことだと考えられる。そして今、木々や下草の隙間を通りウータンの側面から後方へと回り込んでいる触手はスライムベースだ。理由は言わずもがな。


「ミラさん、そろそろですよ」


「喋るなって言ったくせに。……アレね」


 最大数展開した場合の射程距離は30m。ただ、それはあくまでも最大数の場合であり、展開する本数を絞ることで1本につき3mほど射程距離が延びるのだ。些細な差だが俺の身の安全が確保できる場合に限り、相棒はこうして射程を延ばす行為をとる。また射程距離が30mもあることを考えれば理解できるだろうが、触手の伸縮は自在なのだ。

 ウータンの後方へ音もなく忍び寄った触手は、大口を広げるとそのまま覆いかぶさるように、これまた音もなく飲み込み『収納』するのだった。

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