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第五十二話

「ここが守護の森」


「あそこに見えるやたらと太く高い樹木、それが並ぶ林こそがリンゲニオンでございます」


 朝食後、応接室に集う。そして先日の宣言通り、俺たちは守護の森へとやってきた。守護の森というのは、大樹の林に存在するリンゲニオンを覆い隠す森のことだという。


「リンゲニオンの王宮にもご挨拶は必要でしょうね」


「いいえ、お姉ちゃん。その必要はありませんわ。父上も母上も姉上たちも、そんなことは一切望んですらおりませんの」


「そう。わかったわ」


 意気揚々と準備運動に勤しむ皇帝陛下とその護衛たちとは異なり、ミラさんとリスラの会話は少々悲しく感じてしまう。リスラの故郷は、リスラ本人には優しくないものなんだろうか……。



「勇者殿、これより守護の森に入る。ここには平地では見られぬ魔物が多数存在しておるからな、今一度気を引き締めてもらいたい。では、参ろうか」


「はい、わかりました。ミラさん、こちらへ」


 ミラさんには俺の左側で待機してもらう。俺自身が右利きで魔法を使う際に右手に魔法陣を展開させることが多く、その射線を遮られては困るからな。大切なミラさんに誤射など以ての外なのだ。

 俺の左側に居るミラさんへと相棒の触手が伸びる。枝分かれすることで16本へと増えた触手は座席を作る際にも根本の太い触手は1本で済むようになった。以前は2本の触手を使っていたことを想うと攻防に於いて有効だと言えるだろう。


「キャッ。うん、何でもないの。これに座れってことね?」


「それに腰かけて、大人しく俺に守られていてくださいよ」


 正確には俺を守るのも、ミラさんを守るのも相棒なのだけどな。

 建前上は皇帝陛下の護衛なのだけど、俺としてはミラさんを最優先にしてほしい。頼むぜ、相棒。

 陣形というか隊列と呼ぶか、俺たちの並びは斥候として変態エルフメイドを先頭に続いてリスラが先導し、前列に護衛2名、中列に俺とミラさん、殿に皇帝陛下と護衛の残り2名がついた。


「レゼットに獲物は渡さないわ! いくわよ、キア・マス」


「姫様の護衛はご主人様より承っておりますが、あまり先行することのなきよう、お願いいたします」


「何よ、カツトシ様に良いところをお見せするいい機会なのよ!」


「ご主人様は姫様にそのようなことを望まれてはおりませんよ」


 あの変態エルフメイドは一体何なのだろうか、俺の真意を正確に把握でもしているのか? 確かに俺はリスラに武勇など求めてはいないが……。


「カットス。これでは前が見えないわ」


「はぁぁ、前ばかり見ずに俺でも見ていてくださいよ」


 以前、月の栄亭の女将さんと道中を過ごした経験からか、ミラさんの言わんとすることは理解できた。だが、樹上からの奇襲や小型の魔物による奇襲を鑑みれば、ミラさんの前方でラージシールドを構える相棒に余計なことを言いたくはない。隊列の歩みこそ遅いが、警戒しておくこと自体は悪いことではないのだ。


「姫様、あそこです」


「わかっているわよ!」


 変態エルフメイドが気配を察した樹上の何か。その気配を既に感知していたらしい相棒は待機状態であったが、手を出す気はないようだ。恐らくは有効射程を超えるのだろう。

 樹上に向けて放たれたリスラのクロスボウ。斉射されたそれを何者かは上手く躱したようだった。


「わたくしが仕留めてしまいますよ?」


「再装填に時間がかかるのよ。任せるわ」


 変態エルフメイドが左手で抜いた刃が放つのはほむらではなく、いかずちでだった。だが、その瞬間を逃さず、射貫いたものがいた。


「ル・リスラにキア・マスよ。残念であったな、獲物は余がいただいた」


「陛下の射程を見誤りましたか……」


 俺の肉眼では獲物が何か、まだわかっていない。

 射貫かれ落ちた獲物を目指し進んでいく。力尽き木から落ちたと思われる獲物は、側頭部に矢を生やしたサルに似た生物だった。だが、俺にはそれが獣の類なのか、魔物なのか、捌いて魔石の有無ではかるしか方法はない。


「うむ、見間違いはないな。毛布を新調したいと考えておったところだ、丁度良い」


「もっと大きいのが居るはずだわ。アタシはそれを狙うの」


「皮のなめしや手入れはお任せください。ご主人様のために存分に働かせていただきます」


「な……なにを言ってるのよ」


 リスラは俺のために何やら考えてくれているのだと、変態エルフメイドの言葉のお陰で悟ることが出来た。だが、俺は、俺にとってはそれどころではなかった。

 獣を、生き物を殺すことにやっと慣れてきた俺だけれど、二足歩行する生物は獣であれ魔物であれ、未だに忌避感が強い。それが、甘えだということもわかってはいるのだが、上手く制御できていない。

 左手で口を押え、胃から這い上がってくる朝食の「吐けよ、吐いちまえよ」という訴えを涙目になりつつも必死に飲み込んだ。

 俺は……俺はもう、この世界のルールに従うしかないんだ。

 弱肉強食という、それに。

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