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第五十一話

――カッ、カッカッ


 冒険者ギルドで使われている案山子とは違い、この練兵場の案山子はすべてが木製。リスラのクロスボウより放たれた矢は一本も外れることなく、木製の案山子に突き刺さる。

 今現在、彼女の手にあるクロスボウはとても面白い構造をしている。作り手の遊び心がうかがえる逸品とでも呼ぶべきだろうか。

 中でも最も特徴的なのは三連装であるということ。ストックやトリガーはまるで小銃のよう。但し、トリガーが並列に三本あり、射撃の際に単射と斉射を選べる構造になっている。先ほどの射撃では一発目を単射した後、残りを斉射していた。

 ただ問題があるとすれば、再装填を行う際のリスラの動作がとても可愛らしいことだろう。俺の隣で解説してくれているダリ・ウルマム卿によれば、本来あのクロスボウは足踏み式で再装填を行うように設計されているそうなのだ。確かに先端部と梃子の原理を利用したコッキングレバーなるものには足を乗せられるような薄い金属板が取り付けられている。

 しかし筋力や体重の劣るリスラではそれすら不可能のようで、先端に備え付けられている弓の腹に両足を当てお尻をコッキングレバーに添えた上、ボートでも漕ぐかのように自重でもって押し切るといった動作をとるのだ。俺やミラさんの視点に、その動作がとても愛らしく映ることは避けられなかった。


「私もあれなら使えるかも?」


「どうですかね、的が案山子なら当てられるでしょうけど。瞬時に獲物との距離を測ったり、その動きを先読みしたりは難しいんじゃないですかね」


 ただ単に眺めている側からは簡単そうに見えるというのは、世の常。実際にやってみると上手くいかないことは多々あるのだ。ミラさんの発言もそういったものだと俺は判断した。


「でも、ル・リスラは凄く簡単そうに扱っているじゃない?」


「ミラ殿、それは大きな誤解なのだ。余は少々例外ではあるがな、エルフ・ハーフエルフというのは寿命が長く暇を持て余しておる。その暇を各々が好きなことの研鑽に充てることで、それぞれの分野で卓越するようになるのだ」


「鼻っ柱だけが長く高く伸びきったリンゲニオンのエルフとは異なり、帝国のエルフは一味も二味も違うということの現れでしょう。ま、ル・リスラ嬢におかれましては、末っ子とうことで放任されておいででしたから例外中の例外ではありますが」


 一番若いと思われるリスラでも123歳で、俺の爺さんよりも遥かに年上なのは間違いない。例え日々の生活がこの世界の標準に適していたとしても、持て余す暇な時間は膨大なものとなるはず。その膨大な時間を趣味に宛てることが出来るとすれば、それはもう趣味など呼べる次元にはない、ということだろう。


「卿もまたリンゲニオン出身であろうが?」


「私はもう故郷より帝都暮らしの方が長いのですよ。一時的な帰郷も、陛下からの命に従ったまでのこと」


「元将軍の言う通りよ。アタシは兄たちの政争に巻き込まれたくない一心で、森に出て遊ぶことが多かったの。気が付けば、この程度のこと造作もないくらいになっていたわ」


 後ろ向きに放たれたクロスボウの矢、先端を鈍角に削られた鉛筆のような金属の棒は軽く放物線を描きつつ手前の案山子を飛び越し、ひとつ奥に並ぶ案山子の頭頂部へとその全てが突き刺さる。


「人間ではそう簡単に辿りけない領域に手を掛けているということですか……」


「そこまでのものでもない、とは思うがな。余も話ばかりしてはおれぬ。時間は有限なのでな」


 皇帝陛下も背に掛けた大きな弓を左手に構え、矢を五本も右手の指に挟み弦を引き絞る。先ほどリスラが目視せずに放ち全弾命中させた案山子に向け、素早く一本ずつ矢を放つ。弦を引き絞る間隔がとても速い、速射だ。


「相変わらず、お上手ですなあ。執務をサボりでもいたしましたか?」


「何を言うか。執務はきっちりこなしておる、これは趣味なのだ」


 案山子の頭部、それも鼻の位置へ見事に五本突き刺さっている。リスラが造作もないと言ったように、皇帝陛下もまたこの程度は朝飯前だとでもいうのだろう。本当にエルフったら半端ねえわ。


「うん、無理ね。私は大人しくカットスに守られておくわ」


「無理して怪我でもしたら、師匠に合わせる顔がありませんからね。大人しくしていてください」


 エルフたちの余りにも常識はずれな技術を見せられ、意気消沈したミラさん。ただそれはミラさんだけに限らず、俺もまた驚愕させられることになる。


――ガッ、ゴォゥゥ!


 変態エルフメイドがナイフを投擲したのだ。くるくると縦に回転する大型ナイフは案山子の胴体に突き刺さるや否や、そのナイフが焔を放ち表面を黒焦げにしてしまう。投擲されたナイフを回収しに行くものだと思えば、後ろ腰に装着されていたロープではなく鞭を手早く操りナイフの柄に絡ませると、右腕の振りに合わせて引き抜いた。投げた時と同様に高速回転で戻ってくる大型のナイフ。あろうことか、こちらに笑顔で振り向くとナイフの軌道を確認せずに左手を伸ばし、回転している柄を掴んでみせた。


「洒落になんねえよ、なんなのこのメイド?」


「私に訊かれてもわかるわけないでしょ」


「どうですか、ご主人様。わたくしもまた研鑽を積んだエルフなのですよ」


 ミラさんほど大きくはない胸を張る変態エルフメイドの姿が俺の目の前にある。リスラも皇帝陛下も凄いとは思ったけど、一番ヤバいのはこいつだ。この刃が俺やミラさんに向くことの無いよう、これからは少し優しく接しようと思う。

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