第五十話
「キア、これを」
「ありがとうございます、兄様」
変態エルフメイドに兄と呼ばれた男性は、ダリ・ウルマム卿と同じく金の髪を短く切り揃えた頭髪に透き通るような蒼い瞳が印象的なイケメン。また、そのイケメンから大きな革袋を受け取る変態エルフメイドもまた似通った容姿である。十中八九、兄妹であるのだろう。だが、それは日本でも顔面偏差指数が平均を下回るであろう俺へのあてつけに思えてならない。
変態エルフメイドは受け取ったばかりの革袋の中身を確認している。何かの皮革製と思われるベストを着用すると、背中でX字に装着された鞘へ収められていた刃物を抜いた。剣というには鍔もなく、ナイフと呼ぶにはやたらと大きい。形状は刃の中ほどで軽く折れ曲がるようで、地球のククリナイフという大型ナイフに似ていた。そんな感じの刃物が二本、柄の部分が肩から飛び出すように再び鞘に収められる。その後、左の後ろ腰に輪になるよう纏められたロープ状の何かを固定した。
「ご主人様、わたくしもフル装備です」
「あ、うん、そうだね」
エルフという先入観に囚われ、この娘もてっきり弓を使うものだと考えていたがそうではないようだ。その得物を見る限り、完全な近接攻撃タイプだ。
「まだ早いのではないか?」
「アレも十分に戦力になると知悉していただいた方がよろしいでしょう」
皇帝陛下とダリ・ウルマム卿との間でなされた会話なのだが、俺にはいまいちその意味がわからない。戦力として換算しろ、という意味合いなのだろうか?
「ご主人様が存分に狩りをお楽しみになられますよう。わたくしが正妃様と姫様の護衛となりましょう」
「なら、リスラのことを任せようかな? あの装備では近接戦には向かないだろうからね」
「はい、ご用命承りました」
クビに出来ないというのなら、存分に働いてもらうしかない。そういう感じでのお願いだったのだが、変態エルフメイドの士気をかなり向上させてしまったことは言うまでもない。
「ねえ、カットス。これも、これも付けるのよね?」
「いや~でも、ほら。何があるかわかりませんから、安全の為に必要なんです」
ミラさんの装備品はなるべく軽くと配慮して購入したものだ。冒険者でもないミラさんでは重くなりすぎるとそれこそ身動きが出来ずに、逆効果となってしまうからね。
「脛に巻くのより、あんたのそのブーツの方が便利よね?」
「あぁ、これですか……。これは特注品なので、そこらの店には置いてないんですよ」
なるべく軽くというコンセプトのため、金属製のレガースやガントレットではなく、革製の脛あて・手甲・肩あて・手袋がミラさんの防具の一部となっている。ミスリル製の鎖帷子も目が細かいものを選んだのは、比較的柔らかい人工ミスリルでもある程度の防御力が得られることと軽量化を図るため。革製の胸当ても言わずもがな。
ミスリルやオリハルコンという一般的な魔法金属は、天然物と人工物とでその強度や何もかもが異なる。当然の如く、そのお値段も大幅に違う。天然物はそれこそ鉱山や鉱床など採取されるものであるが、その純度によって価格帯も様々。翻って人工物であるならば、国や商家など大資本の元でドワーフなどにより各種魔法金属は精製されるそうだ。
人工の魔法金属で有名なのは、銀に魔力を長時間掛け浸透させたとされるミスリルや、銅に同様の処置を施したとされるオリハルコンがある。単に魔力を突っ込んだだけはなく、何らかの合金であるらしいという話はロワンの爺さんから聞いた話。
ロワンの爺さんのように個人で商っている者たちは、天然物・人工物のどちらであれ仕入れてから加工するので煩わしいことに変わりはないのだと。だから、ロワンの爺さんは魔法金属製の武具よりも、魔物素材を用いた武具製作の方が得意なのだと自慢げに語っていたことがある。
ちなみに俺のブーツもロワン爺さん製。これは年の離れた俺の兄が昔履いていたものをモデルに、ロワン爺さんと共に悪戦苦闘して作り上げた逸品。簡単に説明するとガテン系の人が履く、つま先に鉄板の入った編み上げブーツでしかない。ただ靴底は一般的に木材を用いるこの世界で、初めてかどうかは知らないが大型魔物の関節部の軟骨を用い、歩行時のショック吸収と靴底の擦り減りの軽減を兼ね備えた画期的な靴である。その他にも色々と工夫を凝らしてはあるのだが、そこが最も特筆すべきところだろうか。
「まぁいいわ、折角カットスが選んでくれたんだもの。ちょっとこれ結んで」
「なんでもかんでも紐で縛るしかないってのも大変ですよね」
ベルトのバックルのようなものをあるにはあるのだけど、大半が紐で結ぶものばかりなのはどうしたものか? 俺としては、師匠が無事にロワン爺さんを連れてきてくれることを祈るしかない。




