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第四十九話

 早朝に見送る予定だった師匠は、高速馬車の手配が整った昨日のお昼過ぎに既に帝都を発ち、ノルデへと旅立ったのだと俺たちが迎賓館に戻った際に聞かされた。だからこそ折角の休日ということで、昼までたっぷり眠れると考えた俺はきっと悪くないはず、なのだ。


「おはようございます、ご主人様。早く起きてくださいね。でないと、わたくしが襲ってしまいますよ?」


「……お、起きる! 今、起きるから」


 毛布を引っ剥がされ、下着姿を晒す、俺。

 母親の買ってくるパジャマなどは小学校低学年で卒業し、概ねTシャツにトランクスというスタイルが俺の寝巻だった。それはこの世界でも多少の変化はあれど、そう変わりはない。Tシャツは麻に似た生成りのシャツに、トランクスもこれまた麻っぽく通気性は良いけど少しゴワつく股ひきに変化しただけだ。


「本日は練兵場に向かうご予定がございます。お早めにご支度を」


「なんで練兵場? そんな予定、聞いてないんだけどな」


「正妃様と姫様のたってのご要望でございます」


 そんな予定があるのなら、昨晩の時点で伝えておいてほしい。

 昨日はベスタと遭遇した所為でミラさんたちに懇々と説教されてしまい、精神的な疲労を癒すために二度寝は最低でも必要だったのだ。

 人生諦めが肝心。特にミラさんの機嫌を損なうのは、俺としても本望ではない。ささっと鎖帷子にみすぼらしいと評判の皮鎧を身に着けブーツを履き終えると、変態エルフメイドの案内し従う。

 

 練兵場は迎賓館や皇宮のある区画とはまた別の区画に存在した。軍事教練を行う施設や建物が立ち並ぶ区画。その最も端に佇む、コロシアムのようにすり鉢状の建造物が練兵場らしい。俺の記憶にある市民運動場に比べると若干こっちの方が大きいかもしれない。


 練兵場にはこのところ毎日のように顔を合わせる面子と、見たことのない人物が数名ほどが集まっていた。その中に宰相閣下の姿が見られないのは、明日の狩りに不参加を表明しているからだろうな。


「おはようございます。出遅れたようで、申し訳ありません」


「いえ、心配召されるな。本日は自主的に訓練をするために集っただけのこと。勇者殿に非はありませぬ」


 皇帝陛下の後ろにはいつもの護衛が控えている。その皇帝陛下が手にしているのは、相棒の強弓と同等の大きさの弓だ。


「陛下は弓をお使いになられるのですね?」


「これでも弓の扱いには自信があるのだ」


 狩りは良い機会なので強弓の運用を考えていたのだけど、どうしたものか? あれを見たら、陛下の自信が砕け散ったり……しないよね? 比較対象にされないように、なんとか誤魔化す方向でいこう。


「カツトシ様、弓ならアタシの方がレゼットより上手に扱えますの」


「ル・リスラが使用するのは機械弓ではないか、長弓と比べられても困る」


 得意げなリスラが手にしているのはクロスボウに似た何か。一応、弧を描く部分が先端に存在するので、弓ではあるのだろう。


「弓ならカットスも持っていたじゃない?」


「あぁ、まあ、ありますけど」


 黙ってやり過ごそうとしていたのに、ミラさんの暴露で台無しだよ!

 そう口にしたミラさんは昨日購入した目の細かいミスリル製の鎖帷子に、魔物の皮革で作られた軽い胸当てを身に着けている。武器の類を手にしてはいないが、右の腰に一本のナイフを佩いていた。


「ほぅ、弓の扱いも期待できるというのだな。っと、そうそう忘れるところであったわ。ダリ・ウルマム卿、こちらが今代の勇者殿であるヤマダ=カツトシ殿だ」


「只今陛下より紹介に預かりました、ダリ・ウルマムと申す。我が娘が随分と迷惑を掛けているものとおも――」


「父様、わたくしはご主人様に誠心誠意お仕えしております。

 それ以前に、触手が嫌いなエルフ女子など存在しません! ですよね? 姫様」


「えっ? あっ、うん、そうよ、当たり前じゃないの! 触手大好きよ」


 うわー、言い切ったよ、こいつ……。

 ふと見れば、リスラの表情は盛大に引き攣っていた。先日、驚きの余り失禁してしまったことを思い出しているかのようで、周囲の者たちも同様に当時を思い出したのか、顔を青くしている。


「私はダリ・ウルマムと申します。我が娘が随分と迷惑を掛けていること、改めてここにお詫び申し上げる」


「はい。その謝罪は受け取りましたから、頭をあげてください」


 そんな中、ダリ・ウルマム卿こと変態エルフメイドの父親は娘の発言の全てをスルーした。そして何も聞こえていないかのように、その視線は真っ直ぐに俺しか捉えていない。但し、その表情は言わずもがな、これでもかと引き攣りまくっている。


「私は勇者殿の開拓団にて警備の指揮を執ることとなるだろう。よろしくお頼み申し上げる」


「ええ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 ダリ・ウルマム卿は娘である変態エルフメイドを意識の外に追いやったようだ。以降、彼は一切彼女の存在に触れることはないだろうな。



「いい人そうで安心したわ」


「そりゃそうだよ。娘がああだからって、父親まで変態とは限らないさ」


 ダリ・ウルマム卿との挨拶を終えた俺の傍に寄ってきたミラさんと会話を交わす。リスラはまだ先ほどのショックから立ち直れておらず、混乱の中にあるようだった。

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