第四十八話
俺は勇者であり魔王だけど、俺自身が望んで得た称号ではない。
召喚されたのは偶然であって、魔王と呼ばれる所以もまた偶然の産物なのだ。どうして俺に宿ったスキルは触手なのか? と問い質したい気分でしかない。
そんな中、ミラさんとリスラは揃って援護のような質問を飛ばし、ベスタがそれに返答する。
「勇者様の噂は全然聞こえて来ねえな。先代のような知識の勇者なのか、それとも武威を誇るような勇者なのか、俺には皆目見当すらつかねえわ」
その答えを得て、ミラさんとリスラは頷き合った。何かしら彼女たちの中で解決がなされたのだと思われる。
「そうなの? 開拓団を結成するくらいだもの本人の評価も聞いておきたいのに」
「んなこと言われても、噂は開拓団の選抜に関してしか流れちゃいねえんだわ」
「先代勇者様のように知識に秀でたお方ではないと?」
「さぁ、どうなんだろうな」
ベスタはミラさんとリスラの質問に対し、のらりくらりと態よく躱しているようだ。ミラさんたちが警戒を露わにしている原因は、ベスタ本人のその態度にあることは明らかだった。
「そろそろ公募されるんじゃねえかって、そこらで騒ぎになってるぜ? 俺もさ、巡回薬師なんてやっているよりも将来が見込めるから、その公募には期待しているんだわ」
「応募するつもり?」
「モチ、当たり前よ! ラングリンゲの民でそれに応えねえ奴はモグリか、他国の密偵くらいなもんさ」
ミラさんはラングリンゲ帝国民ではなく、オニング公国の出身。リスラもまたラングリンゲ帝国の一部でありながらも、自治区として認められているリンゲニオンの姫である。二人の表情から察するに、ベスタの言動に対し困惑を隠せずにいるようでった。
「あぁ、そっちの嬢ちゃんはエルフでリンゲニオンの出身だからわからねぇだろうがよ。俺たち帝国民としては勇者というだけで興味をそそられる話なんだわ」
「確かに新たに表舞台に現れた勇者様となれば、帝国民は放っておかないでしょう。あの高く聳える給水塔然り、食の基本である農業改革然り、帝国の礎を築いた大恩ある勇者の末裔なのですから」
ミラさんとリスラが混乱の淵に沈む傍ら、変態エルフメイドから発せられた言葉に俺は驚愕した。師匠が古代魔法文明産と考えた給水塔までもが先代勇者の知識によるものだというのだから。
しかし俺はここでひとつだけ訂正したい。俺は先代勇者の血統ではないということを、だ。同じ日本人ではあるのだろうけれど、血の繋がりは恐らくだけど無いと思えるのだ。
「それで、その公募はいつからですの?」
「いや、俺もまだそこまでの情報は掴んでいない。俺は、それなりの布告でもあるんじゃないかと睨んではいるんだけどな」
「そうなの? 出来ればもっと詳しく聞きたかったのだけど……。惜しいわね」
変態エルフメイドもリスラもミラさんまでもが、よくやるわ。ベスタの存在も含め、全てが茶番なような気がしてならないのは俺だけか?
「俺が知っている情報はそんなもんだ。で、どうなんだよ?」
「俺は何も知らねえよ。その勇者とやらにも会ってみたい、かな?」
「ハッ、魔王なら勇者に滅ぼされねえように気付けろよ、な!」
「そう、させてもらうよ」
これでオチはついたよね? 俺、頑張ったよね?
そう思い、左右に侍る女性の顔色を伺えば、胡乱気な表情で返された。
「じゃあな。茶、ご馳走さん」
ご馳走さんじゃねえ、このヤロウ! 俺とミラさんの甘く優しいひと時を台無しにしやがったくせに。
「……あれはどう見ても怪しいわね」
「ええ、間違いなく」
「あの方はご主人様が勇者様であることを正確に認識していらっしゃる様子でした」
ベスタが店を後にし、通りを遥か先まで進んだことを確認してからなされた会話。それも俺を除く、ミラさんたちの会話だ。
「ル・リスラたちが嗅ぎつけるのは当然かしら?」
「いえ、まだそこまで広まっている噂ではありませんの」
「父に諜報を習ったわたくしでも嗅ぎ分けられる程度には広まってはおりますが、一般市民にまで流れている話ではないはずです」
「じゃあ、彼は今後要注意ってことで良いのかな?」
「あんな怪しいのがあんたの周りにうろついているなら、先に話すべきことよ!」
「そうです、カツトシ様は警戒が足りていません!」
「ご主人様の不足は私が補いますので、ご安心のほどを」
三者三様にベスタの存在はとえも怪しいらしい。でも、ベスタは俺が月の栄亭を利用する前から、ずっと定宿にしていたという実績があるのだが……。今それを伝えたとしても彼女たちは納得はしないだろう。
ベスタが去った後、しばらくは俺の警戒について色々と心得を指導されることになった。一応の落ち着きを取り戻し再び防具屋に向かう頃には、日が傾き夕暮れとなったのは仕方のないことだったと考えるほかない。




