第四十七話
応接室から部屋に戻ることなく、鎧をオーダーした防具屋へと向かう。俺の左側にミラさん、右側にリスラを連れて。
俺の右手はリスラが握っている。しかし、ミラさんに対しては距離こそ近いがどこにも触れてはいない。町中で女の子の腰に手を回すなどということが俺に出来るわけもなく、第一に恥ずかしすぎるからな。それにミラさんもそのような行為を許しはしまい。
「カットス。私も」
若干、恥ずかしそうに差し出されたミラさんの右手。『私も』というのだから、握れば良いのだろう。そっと触れるように掌を合わすと、ミラさんの温もりが伝わってきた。そして緊張でもしているのか、少しだけ震えていることが感じられた。
「そういや、ミラさんとこうして手を繋ぐのって初めてですね?」
「……黙ってなさいよ」
プゥと頬を膨らませるミラさん。とても珍しい光景で、我が目を疑いたくなる。
「はいはい。ご主人様も正妃様も通りの真ん中で何をしていらっしゃるのですか? 衆目を集めるばかりですよ。どうぞ、お足元に気を付けてお進みください」
楚々と追従していた変態エルフメイドに急かされる。すると、俺の右手を強く握り、リスラもその言葉を肯定するかのよう。
実際に通りすがる人々の注目を集めていることに気が付き、俺の顔も耳まで熱くなる。キュッと左手が握りこまれたことでミラさんの表情を伺えば、俺と同様であった。
「参りましょう? ただ、アタシには店の場所が不明ですの。ご案内いただけますと助かりますわ」
「そうね、そうよね。ほら、行くわよ」
変態エルフメイドの諫言を聞き入れ、改めて道を進み始める。が、それは馴染みのある男の声で再び停止することを余儀なくされた。
「よぅ、魔王。久しぶりじゃねえか? お前も帝都に来てたんだな」
「ベスタ?」
町中でミラさんと手を繋ぐという嬉し恥ずかしな儀式に熱中しすぎて、こいつの気配に気付くことが出来なかったことが悔やまれる。
「しかも両手に花たぁ、羨ましい限りだぜ」
「あ、ああ。半分は無理矢理で、半分は自業自得かな?」
答えに窮し、厳しい言い訳が俺の口を突いて出た。その間、ミラさんとリスラは訝しむような表情でベスタを睨みつけている。
「おっと、別嬪さん二人に睨まれちゃあ堪らん。俺は薬師で各地を放浪する一応冒険者のベスタっていうもんだ。放浪つってもお得意さん廻りと材料収集だけどな」
「二人とも、いや、三人か? こいつはノルデで俺と同じ宿に泊まっていた知り合いなんだ。別に怪しくなんてないから、そんなに警戒しなくてもいいよ」
「そう? 私はミラ、この子はリスラよ」
リスラはミラさんが自身のことをそう呼んだことに目を瞬かせたが、事情を察したのか何も言葉にはしなかった。俺の釈明は何の意味をなさず、いまだ警戒を続けていることが判明した瞬間でもある。要は『ル』という単音の一つ目の名が何を意味するか、ということだ。
「このような場所で立ち話も何でしょう。そちらの喫茶で休憩でも如何でしょうか?」
この変態メイドもまた警戒を緩めることはなく、提案してきた。俺を普段通りにご主人様と呼ばなかったことがこいつの警戒具合を示しているのだ考えられる。
「魔王、それで構わねえか?」
「あぁ、そうだな。そうしようぜ」
馬車がたまに通るので道の端に避けることはあるが、通りを進む人々は道に広がるように歩いている。その通りを挟んで反対側にある少し高級そうな店構えの喫茶店らしき建物に入る。
整然と並ぶテーブルにはちらほらと客の姿もあり、落ち着いた内装の施された店内。小奇麗な格好の店員に案内されるまま、窓際の明るい席へと赴く。
「初めて入りましたが、良い雰囲気のお店ですね」
「お茶と適当に摘まめるものをお願いします」
言葉を発することなく、目礼のみを残して店員は去る。俺としては何とも居心地の悪い店だろうか。もっと賑やかな方が過ごしやすいと感じるのは、貧乏性だから?
「お前、ノルデに暫く用があるとか言ってたろ? なんで帝都なんかに居るんだ?」
「その用は済んだんだよ」
「……ははぁ~ん、わかった。お前もあの例の噂話に乗るつもりなんだろ?」
「へ? 噂話ってなんだよ?」
「またまた~、すっとぼけやがって、わかってんだよ!」
俺は「何言ってんだ、こいつ」と、ミラさんやリスラに目配せした。当然、ミラさんやリスラもその噂とやらに覚えはないようで、こちらもまた困惑気味。
「お前くらい名の通った冒険者に声が掛からねえはずはねえ。実はもう決まってて、口止めでもされてんだろ? だが、そうは問屋が卸さねえ。選抜から外された連中がそこらの酒場でくだを巻いてるからよ。既にその秘密は公然の秘密ってやつだぜ。
ほら、ゲロっちまえよ。お前も新しい勇者様の開拓団に参加すんだろ?」
あぁ、なんてことだ……。皇帝陛下や宰相閣下は情報統制という言葉の意味を正確に理解しているのか怪しくなってきた。俺の右手をリスラが握っていなかったら、俺は目を覆い隠すようにその手を添えて大きく落胆したに違いない。
ミラさんとリスラ、それに平然と同じテーブルについている変態メイドの表情にも呆れが混じっていた。
それでもベスタは、その勇者が俺であると特定するような言葉を吐き出してはいない。こいつはその噂を耳にした後に、偶然にも俺と再会しただけなのだろう。
俺は言葉に迷う。なんと切り返せばよいのだろう、と。
「そんな話は初耳だわ。それでその勇者はどんな奴なのかしら? 詳しく知りたいわね」
「きっと先代勇者様のような、優れた知識をお持ちの方かもしれませんよ?」
その声音は俺の両端から響く、ミラさんとリスラだ。俺が答えあぐねていたことに業を煮やし、誤魔化しに掛かったのだろうな。




