第四十六話
「ご主人様、酷いです。私を解雇なさろうなどと」
変態エルフメイドが何か言っているが、俺には何も聞こえない。聞こえないったら、聞こえないのだ!
「本日はここまでにいたしましょうかな。ライス殿、高速馬車を直ちに手配いたしましょう」
「それはとても嬉しいのですが、よろしいのですか?」
「ライス殿もまた我が帝国の国賓でありますれば。遠慮などなさらず、叔父上をお頼りくだされ」
師匠は当初、高速馬車を使うつもりはなかったのだろう。でも、あのホバースケイルを用いた高速馬車でなければ、帝都までの往復に何日掛かることやら……。その間、ミラさんを俺に任せっぱなしというのは勘弁してもらいたい。
だからこそ、宰相閣下、ありがとうございます。口に出すと後が恐ろしいので、心の中で感謝を示した。
「陪臣候補の選定も終わり、資材についても滞りなく。そうなりますと、近日中に話し合うべきものは特に思い当たりませんな」
「ならば、明日は休暇とし、明後日は狩りに赴きませんか? 勇者殿」
「休暇と狩りですか……。少し羨ましくもありますが、このところの多忙を踏まえれば良い機会ですね。カットス君も少し羽を伸ばしては如何でしょう?」
「師匠のお墨付きであれば、俺に否やはありません」
「では、決まりですね!」
「私はこれにて退室させていただきます。狩りの詳細については陛下と存分にお話し合いのほどを」
「では宰相閣下、よろしくお願いいたします。僕も準備がありますので、これにて」
宰相閣下と師匠は席を外す。師匠は明日の一番でノルデに向けて発つので、色々準備もあるのだろう。明日の朝、見送りの時にでも挨拶すれば良いだろう。
「明後日は普段通り、この応接室に集合ということでお願いします」
「レゼット、アタシも参加して構わないのよね?」
「うむ、特に断る理由も見当たらぬな」
俺の上着を摘まんだまま、リスラは狩りに参加を表明してきた。そうするとミラさんが独りぼっちになってしまうのだが、さて、どうするべきか?
「ミラさんはどうします?」
「私は何もできないから、留守番かしらね」
一応は護衛任務なので、ミラさんの参加をごり押しするべきではない。だが、ミラさんと離れ、リスラを連れて行くというのは今の俺にとっては致命的な気がした。
「ミラさんも行きましょう? 俺が守りますから」
「でも、邪魔になってしまうわ」
「余の近衛もおりますから心配は無用です。勇者殿に依頼した護衛も建前ですからね、ミラ殿もどうぞご参加なされよ」
「お心遣い、感謝いたします。では、お言葉に甘えさせていただきますわ」
その後、皇帝陛下はそれはもう嬉しさを全身で表現するかのようにスキップしながら応接室から去っていった。控えていた護衛の方々も苦笑が浮かんでいたな。
「カットス、この後は防具屋に行きましょう? 鎧はもう少し掛かるだろうけど、私の装備品が必要だもの」
「開拓に赴く際にも使用できるものを選びましょう、お姉ちゃん」
リスラについては不明だけど、ミラさんの装備品がないことは問題だった。それでも頻繁に利用するものでもないからな。出来合いである程度の調整も利く鎖帷子に胸当てでも選ぶとしよう。それにミラさんは俺よりも更に戦闘の素人なので、ヘルメットや肘当て、脛あてなども用意したいところ。
「リスラも参加表明したってことは、狩りは得意なのかな?」
「はい、カツトシ様。守護の森での狩りはリンゲニオン、延いてはラングリンゲ帝国に於けるエルフに連なる者の嗜みですの」
「ってことは、そこの変態メイドさんも?」
「勿論でございます。正妃様の護衛はわたくしキア・マスにお任せください、ご主人様」
なるべく視界に捉えないようにと努めていた変態エルフメイドまでもが参加するらしい。出来れば、置いていきたかった。
「師匠の留守中にミラさんに怪我を負わせるわけにはいかないから、ミラさんは俺がっていうか、相棒が護る。休暇の延長と思って、お前も羽を伸ばせばいいんじゃないかな」
「まぁ! わたくしを労っていただけるとは恐悦至極でございます」
変態には似合わない花のような笑顔。こいつもこのギャップはいただけないな。少しの間、見惚れてしまったのは俺の責任ではないと思いたい。
ミラさんもミラさんで少し恥ずかし気に、それでいて頬を仄かにだが朱に染めていた。その恥ずかしそうな表情にもドキリと胸が高鳴る。
俺はなんだかんだ言いながらも、ミラさんのこともやはり好きなのだ。リスラとはまた違った魅力がミラさんにはあり、俺はそれを手放したくはない。なんともまあ、強欲になったものだ。学校に通っていた頃の俺はもっと謙虚だった。今のように女子を二人も独占するなどという考えは、微塵も持ち合わせていなかったはずなのだが……。
この際、変態エルフメイドこと触手マニアは除外させてもらうけどな。




