第四十五話
最終的に変態エルフメイドはその危険性を露呈し、ミラさんの部屋で引き取ってもらえることになった。俺は部屋へと戻るなり浴場へと向うと、ゆっくりと似非ヒノキ風呂を堪能しつつも考える。
まず第一に、変態エルフメイドはリンゲニオンへ確実に返却したい。アレを傍に置くだけでも、俺の精神と貞操は危機に瀕する。明日必ず、皇帝陛下にお願いしようと思う。
次に、というか最も重要な案件はリスラのことだ。
俺は日本での短い人生に於いて恋人が存在した経験は一切ない。女性に自ら告白したこともあの時の一度しか経験はなかったというのに、今はこの状況はどういうことだ? 一応ミラさんにしろ、リスラにしろ、政略結婚であることは理解している。理解はしているのだが、あんな美女・美少女に言い寄られるなど、予想出来るわけがなかった。
そして何よりもマズいのは、あれだけミラさんのみを婚約者だと大きな声で宣言したにも関わらず、今の俺の心はリスラに傾き始めていることだろう。あの愛らしい姿に仕草、そしてあの瞳、あれは反則だよ。一目惚れではないとしても、二目惚れには違いない。
ミラさんとの婚約はある意味で妥協の産物だけど、そこにはまた別の想いがあったはずなんだ。それなのにミラさん自身が許可し勧めるからといって、リスラのことを認めてしまったことを今更になって悔いる。
俺は俺自身のことを嫌いになりそうだ。自分で言うのも何だが、ゲス野郎としか評価できないもの。
翌日、交渉六日目。
俺と師匠の待機している応接室へミラさんとリスラが姿を現す。ミラさんは俺の左隣、リスラは俺の右隣りへと腰掛けた。変態エルフメイドは既に部屋に待機し、交渉に参加する人数分のお茶の手配をしていた。
少し遅れて皇帝陛下と宰相閣下がやってくると交渉は開始となる。
「席次を見ますと勇者殿は、早々にミラ殿よりの説得に応じましたかな?」
「まぁ、ご覧の通りです」
昨日、ミラさんの服の裾を摘まんでいたリスラの指先は今日、俺の上着の裾を定位置に指定した。テーブルの陰になり宰相閣下からは見えないはずだが、席がやたらと近いことでそのように感じ取ったのだろう。
「カットス君は既にミラの尻に敷かれていますからね。話が上手く纏まったのなら、重畳でありましょう」
「女房の尻に敷かれるのは悪いことではありますまい。お陰で家内は安全でありますからな」
「と仰いますと宰相閣下も、ですか? 実は僕もなのですよ」
宰相閣下と師匠の二人を見る皇帝陛下がジト目だ。俺の目もたぶん今はそんな感じだろうな。
「ル・リスラの輿入れが認められた以上、障害は消え去り焦る必要がなくなりましたね。これからは人材や資材の吟味に時間を費やすことも可能となりましょう」
「そのことでひとつ提案があります。僕は一足先にノルデに戻り、引っ越しの支度とノルデでの人材の確保に勤しもうかと思います。本番の謁見までに恐らく帝都へ戻っては来れないでしょうが、開拓団の結成と出発の時期を早めることが出来るかと」
「ライス殿が赴かれるとなると、交渉の責はミラ殿に全権委任されると?」
「ええ、ミラとル・リスラ殿下のお二人であれば問題はないでしょう。なので、明日の朝一番でノルデに向かうつもりです」
師匠の突然の提案にミラさんは目を剥く。ただ、師匠からの全幅の信頼があるという事実がミラさんを安心させたのか、別段引き留めるようなことはしなかった。
その後、俺は師匠とノルデでの人材募集の件で話し合う。出来るならば、ロワン爺さんを確保してもらいたい。ロワン爺さんの武具店は息子さん夫婦も同居の家族経営なのでロワン爺さん本人か、息子さん夫婦のどちらかを勧誘をお願いしておいた。
「話は変わるのですが、あのメイド。俺、不要なので返却できますかね?」
「ご主人様!」
「キア・マス嬢ですか……。うーん、どうでしょうか、叔父上」
変態エルフメイドの処分を早く決めてしまいたい。そう思い、質問してみたのだけど、反応がいまいちだ。どういうこと?
「既に陪臣候補の選定は完了しておりましてな。退役した将軍と同じく退役した兵士の招集も済んでいるもので……どうしたものか。実はその退役した将軍がキア・マス嬢の御父上でありまして、な」
変態エルフメイドはリンゲニオンで選抜されたはずなのに、帝国の軍関係者が父親とかおかしくね?
「ご主人様の疑問には私がお答えししょう。
私はエルフではありますが帝都生まれの帝都育ちです。父の退役に伴い一時的にリンゲニオンに帰省しておりましたところ、丁度侍女の募集がありましたので参加した次第であります。
リンゲニオンの民は昨今、その多くが帝都へと流出しているのです。その理由は姫様が王宮やリンゲニオンを嫌う理由と相違ないかと」
「余が少し補足しよう。帝国はエルフとハーフエルフの人口比率が高いゆえに、国の役職のほぼ全てで任期制をとっている。寿命が長いために役職の席が空かず、有能な者を取りこぼす危険性を排したがゆえの政策であるのだが、逆にリンゲニオン自治区ではそのような政策はなされていない。となれば、自ずと答えは導き出されるであろう?」
言うなれば、過疎化だ。そりゃ、仕事がないならある所に行くわな。
「ダリ・ウルマムは3年前に軍を退役した指揮官として実に有能な人物でな。本人も開拓団への参加を強く希望していて、今から代理を立てるのはどうであろうか……」
「カットス君、キア・マス嬢は受け入れるほかありません。退役将校と兵士は、喉から手が出るほど欲しい人材ですから」
「あの侍女はちょっと受け入れ辛いところがあるけど我慢なさい。私たちでちゃんと管理するから」
「……はい、わかりました」
変態メイドは強力な縁故就職であり、断ることは勿論ながら返却することも出来そうになかった。
以前、陣地構築計画を立てた際に必要不可欠とされた警備に携わる人員。それらの人員と変態メイドでは天秤に掛けるまでもない程に重要度が異なるのだ。




