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第三十九話

 交渉五日目。

 事前に応接室に待機していた俺たちの元に、宰相閣下が血相を変えて飛び込んできた。そして挨拶もそっちのけで、師匠に何やら耳打ちをしている。

 宰相閣下からの内密な話を聞いていた師匠の顔色はとても渋いものに変化していた。

 宰相閣下の慌てぶりと師匠の顔色から想定するに、何やら不測の事態が進行している模様。


「やはり、人の口には戸が立てられませんか。どうやらカットス君の懸念が当たってしまったようですね」


「誠に申し訳ない。既にこの迎賓館の門まで迫っている状態で、陛下が押しとどめてはいるがここへ至るのも時間の問題かと」


「何か対策を取らねばなりませんね」


 ひそひそ話から一転、俺やミラさんにも聞こえるような声量での会話に。

 話の内容から察するに、例のリンゲニオンの姫様関連の厄介な話らしい。

 当然俺もその話が聞こえてくると渋い顔をするほかない。渋い顔といってもカッコイイものではなく、ほぼ苦い顔でしかない。

 そんな俺や師匠たちとは対照的にミラさんはというと、何かを必死に考えこんでいる様子。


 俺たちの居る応接室の扉が再び開くと、皇帝陛下とその護衛たちが入ってきた。皇帝陛下は部屋へと入るなり、俺たちの席の正面の絨毯に膝折るとその姿勢を土下座へと移行する。


「申し訳ない。どこからか情報が洩れていた。全ては私の不徳の致すところである」


「陛下……」


 俺はその姿に多少なりとも驚いた。しかし皇帝陛下に全ての責任を負わせることはないと判断し、席を立つとその傍へと向かう。


「いずれ知られることだったんです。それが少々早まっただけで、陛下の責任ではありませんよ」


「しかし、勇者殿」


「陛下、起こってしまったことはどうにもなりません。今は対応策を練る方が先決かと。それで、例の姫君はどちらに?」


「今はまだ迎賓館の入り口で衛兵が押しとどめているが、時間の問題であろう」


 応接室はそれこそ迎賓館のエントランスホールの目と鼻の先にあり、例の姫様は本当にすぐそこまで迫っている状態だった。


「ライス殿、何か良い案はないものだろうか?」


「なくもない。と言いますか、かなり手荒な方法なら……」


「それはどのような方法か? この際、多少手荒でも向こうは無理矢理に押しかけてきているのだ、問題はあるまい」


「叔父上、流石に刃傷沙汰はマズいと思うが」


 慌てる宰相閣下と師匠に対し、冷静な判断ができるのは皇帝陛下とその護衛くらい。俺もどちらかと言えば慌てている方に含まれるので、発言は控えている。


「刃傷沙汰にはしませんよ。ただ、カットス君の魔王様状態を視認した上で、それに耐えられるかどうかの試験をしてみては如何かと?」


「「?」」


 ここに集う面子の中で師匠の発言の意味が理解できるのは俺とミラさんくらいだろう。要は相棒の全開状態を披露して、それに耐えられるかどうかと試すというのだ。

 一見すると良い案に思えるが、それはある意味で諸刃の剣になりえた。今代勇者とされている俺の姿が、おとぎ話の魔王然としているとなれば、あらぬ噂が立ちそうなもの。下手をすれば、リンゲニオンが反旗を翻すのではないだろうか? 俺はそんな風に考えるが——。


「巷で有名な魔王様の語源となる雄姿ですな。それは私としても一度拝見したかったところです」


「しかしライス殿、その勇者殿の雄姿で本当に試験など可能なのでしょうか?」


「お二人の疑問は尤もですが、カットス君のあの姿に初見で対応できる存在は皆無かと。くれぐれも護衛の皆さんは驚きの余り剣を抜かないよう、お願いしますよ」


「ライス殿がその案が最良だと言うのであれば、余らとしても異存はありませぬが……」


「カットス君も良いですね? 出来る限り禍々しい姿で脅してください。但し、あくまでも脅しの範疇に収めてくださいね」


「師匠がそう言うのであれば……。ミラさん、何か意見は?」


 帝国側としても異論はないらしく、俺は師匠の指示に従うほかない。そして何かに悩むミラさんにも声を掛けたのだが、反応は一切なかった。


 その後に一度、宰相閣下が応接室から出ていった。対応策が決まったことで、堂々と姫様を迎えに行ったのだと思われる。


「本当に良いんですか、師匠? 下手したら、驚きで心臓が止まってしまうかもしれませんよ?」


「リンゲニオンの姫ですし、一応は王族です。多少の驚き程度は問題ないでしょう」


「勇者殿のご雄姿は狩りに誘う際までお預けになるかと考えておりましたが、こんなにも早く拝見できることになるとは僥倖です」


「僕としては、それはどうかと思いますが……」


 皇帝陛下がとても楽しみにしているところ大変申し訳ないのだが、俺も師匠に激しく同意したい。相棒の全開状態はまだ師匠しか目にしたことはなく、ミラさんでさえ驚きと恐怖により裸足で逃げ出してもおかしくはない姿だと俺は断言できる。

 まあ、俺としては既に愛着すら湧く姿なのだが。


 俺たちの座る席の正面、応接室の扉がおもむろに開いてゆく。その扉の先には宰相閣下の姿のあり、またその奥に女性二人の姿が見て取れる。そのどちらか一方がリンゲニオンの姫様ということなのだろう。

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