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第三話

「1Cの山田勝利です」


「同じく1C、厨隆文といいます」


「俺は一応バスケ部なんだが、足がこの通りでよ。右足の親指が折れていてな」


 頬を人差し指でコリコリと掻く秋山先輩は立ち方や歩き方に違和感があり、それに現役のバスケ部員がテストでもない日にこんな時間に下校しているのも変な話だった。


「私は山県ヤマガタです。自己紹介も済みました、行きましょう。

 方針として、まずは様子見です。状況がつかめませんからね、その把握に努めましょう」


「「「はい」」」


 山県さんという初老の男性は、こざっぱりした感じのそれなりに頼れそうな爺さんだ。間違いなく俺たちや先輩よりも、こういった状況では頼りになることだろうよ。


「えーと山田、先頭を頼む。二番手は俺で、三番手は山県さん。申し訳ないっすけど、先輩は最後尾をお願いします」


 山県の爺さんに任せれば良いはずなのだが、なぜか隆文が仕切り始めた。秋山先輩は足が悪いこともあり、反論もなく頷いてくれた。


「動力が来ていませんので、扉を開ける方法は……」


「面倒だ、窓から行こうぜ」


「仕方ありませんね。電車での非常時など経験したこともありませんし」


 子供の頃に摘まんで引き上げるタイプが多かった電車の窓も時代の流れなのか、摘まんで引き下ろすタイプやハメ殺しの窓に変わりつつある。この車両は摘まんで引き上げるタイプで子供の頃に指を挟み血豆ができて以来、俺はこの摘まんで引き上げる窓は苦手なのだがそんなことが言える状況ではない。


「開かない窓じゃなくて良かったですね」


「割るくらいなら、悪戦苦闘してでも扉を選ぶわ」


 秋山先輩の意見にうんうんと頷く山県の爺さんは、無事解決しても器物破損で逮捕されては堪らないと小声で呟いているのが聞こえる。

 

「それから、何か嫌なことがあっても落ち着いて対処しましょう。今の状況だと、主導権はあちらが握っていると考えた方が無難でしょうからね」


「そうですね、わかりました」


 俺も隆文も秋山先輩もまた跳ねっかえりといったことはなく、山県の爺さんの意見に納得した。開いた窓からまず俺が飛び降りた。



 薄暗く地面だけが青白く光る空間はどうやら広い空間であるようだ。周囲を見渡す俺を遠巻きにするように、車両を叩いていた奴らが距離をとった。

 続いて隆文が降りてくるものだと思っていた俺の目の前に、派手な格好をした小太りの男が進み出てきた。


「ようこそ、おいでくださいました。勇者様方」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 代表者はあの爺さ……なんだ、どうなって、る?」


 俺が地面に降り立ち、妙な男が現れ、振り返ると車両が霞むかのように消えかかっていた。


「山田ぁぁぁぁ!」


「早く戻れ、勝利! 何かおかしい」


 秋山先輩は俺の名を叫び、隆文は窓に手を掛け手を伸ばしている。


「ライス、貴様何をした!」


 派手な男の声が気になり再び振り返るが俺へと吐かれた言葉ではないようだった。派手な男の視線はその後方、兵隊のような恰好をした男たちに取り押さえられ地面に伏せられている者に向けられていた。

 暗く遠目にだが、その取り押さえられた者が微笑んだ気がした。


「勝利!」


 隆文の声に呼び戻されるように、振り返り手を伸ばす。


「なんで……」


「山田! 電車に掴まるんだ、急げ!」


 隆文の手に触れたはずの俺の右手は空を切った。何が起こっているのか、さっぱりわからないが秋山先輩の指示に従うしかない。

 急ぎ、隆文が乗り出している窓に取り付こうと高く飛び上がり窓の淵へと手を掛けようと伸ばす。隆文も俺の手ではなく、腕を引っ張り上げられるように準備していた。


 しかし、俺は窓を掴むことも車両に体をぶつけることもなく、ただ転ぶ。何が起きたのか?というと、先ほどと同様に実体のない幻かのように俺の手や体では触れることが叶わなかったのだ。


 転んだ姿勢から立ち直るとそこは車両の中。否、車両の床から俺の頭が突き出た状態だった。

 比呂ぴーや高槻さん、それだけでなく同じ車両に乗り合わせていただけの乗客たち、果ては子供たちまでもが俺の体を服を掴もうと必死になっているところだった。


「クソッ! どうなってやがる?」


「山田君、山田君」


 俺を心配する声が四方から聞こえてくる中、俺は何故か落ち着いていた。この非常時に何がどうなっているのか、訳の分からない状態だというのに。


「奥に居たやつが笑ったんだ。あいつが何かしらやったんだ。もしかしたら……帰れるのかもしれないよ」


 物凄く他人事のようなセリフが口をついて出た。


「何言ってんだ、山田ぁ! お前も一緒に帰るんだよ!」


「そうだぞ!」


 無駄だと理解できた。出来てしまった。

 電車の車両と乗客たちの姿が段々と薄くなってきていたからだ。


「俺、高槻さんのことが好きでした」


「……ずるいよ、山田くん」


「ふざけんな! おま――」


 隆文と秋山先輩が何か口走ったところで、俺以外の皆は車両ごと消えていった。

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