第三十八話
「その集められた人材というのは、こちらでも面接を行えるものでしょうか?」
「一応、開拓団の発足日は謁見の当日以降ということになっております。謁見の後であれば問題ないでしょうな」
「では僕たちが新規で雇い入れる必要があるのは陪臣候補を除いた民ということですか」
「ですな。商家や小作人などは雇い入れる必要はありましょうが、大々的に布告し募集するというのは如何でしょう?」
「その場合に必要となる経費は、移動に使う足の手配と食料程度に抑えられると?」
「共に新天地を求め旅立つ仲間としてしまえば、費用の削減も適いましょうぞ」
人材にしろ、資材にしろ、結局必要になるのはお金だ。準備金が用意されているとはいえ、これからもお金は掛かり続けるのだ。開拓に成功したとしても、否、成功させたとしても作物の収穫までは収入源は皆無となる。
それならば俺が、少しでも多く稼がなくてはならない。そのためには帝都の冒険者ギルドにも顔を出しておく必要がある。ただ、帝都付近は平野部が多く、素材の売買で売り上げの見込めそうな大型の魔物に遭遇できるとは思えない。
リンゲニオン周辺の森であれば何かしら出会えそうな気もするが、俺の側からリンゲニオンに近寄っていくというのは問題外だしな。
それに討伐以外の依頼で高額報酬が見込めそうなものには護衛があるが、相棒の性質上それを選ぶことはほぼ不可能だ。
「何か、お金になりそうな仕事を探さないと?」
「準備金も貰えるのだし、暫くは大丈夫よ」
「それでしたら余と狩りに行きませんか? 勇者殿。余の護衛ということで僅かではありますが報酬も用意できますから」
ミラさんと小声で相談していたにも関わらず、耳聡い皇帝陛下が釣れてしまう。皇帝陛下は以前にも俺と狩りに行きたいと漏らしていたこともあり、とても嬉しそうに話しに加わってきた。
「陛下、息抜きとして多少は大目に見ますが、報酬については陛下の小遣いでお支払いくだされるようお願いいたしますぞ」
「わかっておる。余の趣味に付き合わせるための報酬に、国庫をあてになどしてはおらぬ。そういうことでまた後日にお誘い申し上げるぞ、勇者殿よ」
「宰相閣下の許可があるのであれば、俺としては問題ありません」
まあ、護衛と言っても別に俺と皇帝陛下の二人だけということにもならないはずだ。交渉時に後ろに控えている騎士だか、兵士だかも一緒に出掛けるだろうからな。
それに俺は『守る』という行為に関しては相棒に信頼を置いている。盾を多めに持たせれば、俺と皇帝陛下の二人分の安全は十分に確保してくれることだろうさ。
ついでに先日加筆された『譲渡』と『分岐1』に関しても何かわかるかもしれない。謁見までの滞在中に冒険者稼業に邁進することは出来そうになく、これはこれで良い機会であると考えられた。
「謁見後には一度ノルデにお戻りになられ、開拓へ赴く準備をなされるでしょう。その際に、ノルデの方でも人材を募っては如何か?」
「カットス君はノルデの商店に顔が利きますし、それは良い案かと」
「本来であれば、冒険者ギルドの支部は宿場町規模でなくては許可を出さないのですが……。出張所という形であれば、派遣を認めることも出来ましょうな。それについてはこちらで準備を整えておきましょうかな」
「それは確かに嬉しいですね。そうなればカットス君も近隣の街に逐一赴くことなく、冒険者稼業が捗りますからね。いや~資金面の心配が一気に解消されますね」
師匠と宰相閣下の話し合いは、皇帝陛下の狩りの話で一旦中断したものの再び元のルートへと戻っていた。
開拓地に冒険者ギルドの出張所ができるというのは俺にとってはとても嬉しい。近隣の町がどこにあるのか知らないが、依頼を受けるのに都度町に出向かなくてはならないというのは徒労感が半端ないからな。
「聞くところによるとライス殿もまた冒険者登録をされているとか?」
「僕のスキルは戦闘向きではありませんけどね。それでも魔術は得意なので、少しだけならそちらで活躍することも出来ますよ」
「何を仰います。あの姫騎士ファビア殿が一目惚れし、降嫁されたほどの高名な魔術師であるライス殿ではあるまいか」
「……妙な噂ではなく真相をご存じとは、いやはや」
「陛下も私も20年近く前にオニング公国でお会いしたことがありますからな。勇ましくもお美しい姫君であられたのを覚えておりますぞ」
「……はぁ、あの時は大変だったのですよ。父を強引に隠居させ、家督を継ぐことを強制させられましたからね」
「そうでなければ他の家臣に示しが付かなかったのでしょうな。オニング公王も大胆な真似をなさると、当時は大層驚いたものですぞ」
冒険者絡みで師匠たちの話はあらぬ方向へ向かった模様。どうも師匠の顔色を伺うに元気というパラメータが減少傾向にあるようだ。
「母上が嫁いできた時の話をしているのよ。半ば無理矢理に父上に嫁いだ話はオニングでは有名だもの。今もありもしない噂で父上を悪く言う奴らもいるくらいだしね」
「姫騎士って聞こえたんですが?」
「うん、母上はオニング公国の第三王女だったのよ。それが何かの遠征の折に、父上に一目惚れしたとかどうかで、王様を脅して強引に嫁いできたんだって。
父上は長子ではあったけど、魔術学者を専攻するために家督は弟に継がせるつもりだったの。でも、母上のせいで強制的にホーギュエル伯爵家の当主にさせられた。今もそのことを後悔、いえ、心残りとしているみたい」
「ミラさんの母親がお姫様ってことは、ミラさんは?」
「私はオーギュエル伯爵令嬢でしかないわよ? だって母上はもう降嫁しているから、王族ではないもの」
よくわからない話だ。お姫様の娘なのだから、お姫様ではないのだろうか?
でも仮にお姫様であったとしたら、婚約者など身分違いも甚だしい気がしてくる。
まあ、なんにせよ、ミラさんはミラさんであることには変わらないのだけど。




