第三百八十四話
アグニの爺さんがそれとなくミラさんを懐柔し始めたが、未だにカオスな状況は変わらない。
『勝利、俺を……俺たちを出せ』
『そうだね。その方が早いよ。僕と平良さん、ついでにエダも出しちゃおう。ウィン、お願いね』
『え? あーしも?』
ちょっちょっちょっと待って!
って、待ってくれないのが、ウィンちゃんクオリティ。
「あぃ」
中世ヨーロッパを彷彿とさせる全身鎧を身に纏った平良さんと、小さな銀色のドラゴン。そして、見目麗しくも残念な性格をした女性が一本の膨らんだ触手から姿を現した。
現わしてしまった!
もうどうにでもなれ! としか思えない。
『久しぶりだな、デュラン。無理が祟って縮み捲ってるようだが!』
「無理をするなら、まず僕たちに相談するのが筋でしょう?」
「…………」
「タイラー様、銀竜王様。え、えーと……」
レウ・レルさんが解説? してくれるが、エダさんは認識不足であったらしい。
当のエダさんも目を閉じたまま小さくなっている。
レウ・レルさんを含めたデュラン爺さん一行は、そうやら正吾さんや平良さんを知っているようだった。当然、アグニの爺さんもここに加わることは間違いない。
そうすると何も知らない部外者となるのは、ライアンとミラさんだけだ。
「ミラさん、ライアンも、紹介します。
こちら鎧を着ているのが錦平良さん。こっちのドラゴンが鳴海正吾さん。こちらの女性はエダさんです。正吾さんはドラゴンですけど言葉は通じます。平良さんとエダさんは俺が通訳します」
「そ、それで……その人たちとドラゴンが居れば、あんたの命に係わることは解決するわけなの?」
「うん。実は正吾さんに関しては結構前から一緒に居るんだ。ライアンと師匠も黙っているだけで知ってた。で、正吾さんの伝手で平良さんに助力を申し出て、快諾してもらったんだ」
正確には少し違うが、まあ間違ってはいない。
逆に、俺が協力する側に回ったことはこの際どうでも良いだろう。
「あと……これ言っていいのかな?」
「今更でしょう? 僕たちが矢面に出た以上、勝利くんのお嫁さんには事情を知ってもらうべきだ。もちろん、他言は控えてもらわないといけないけど。その辺りは……えーと誰くんだっけ? 君、幼い頃にあいさつに来た子だよね?」
「は、はい! 幼少の頃、陛下と共にご挨拶に伺いました。レウ・レルです。銀竜王陛下」
銀竜王陛下とな?
歴代のジルバは王竜の支配階級であったらしいし、何も不思議ではないけど。
あのやんちゃ坊主みたいなジルバが王様扱いだというのは、腑に落ちないところがある。
ミラさんやライアンそっちのけで、レウ・レルさんは物凄く興奮しているようだけど、大丈夫なのだろうか?
「銀竜王様は西大陸中央山脈に居を構える王竜と呼ばれるドラゴンの頂点といえる種族の王族、その長老であらせられる。タイラー様はこの世最強の一角、三名様方の内のお一人であらせられる」
おおぅ。
いやぁ、分かるよ。
ジルバは正吾さんの意向で、転生術という不思議な術を何度も繰り返しているから長寿であるという意味では間違いない。
平良さんは、そんなジルバが脱兎のごとく逃げ出すくらいヤバイ何かだ。
平良さんに関しては、たぶん俺とウィンちゃんのバディ以外では太刀打ちできないだろう。有機物を無尽蔵に取り込むなんて、相対する生物としては最悪でしかないものね。故に最強。うん、道理だね。
「……」
「エダさんは、ライアンのお母さんの幼馴染?」
「いいや、腹違いの妹だよ。『エダ、もう目を開いてもいいよ』」
エダさんはライアンみたいに、人族に擬態できない。
俺でいうところの白目は常時黒く、瞳は常に黄金の輝きを保っている。
そのため、ここに姿を現して以降もずっと瞼を降ろしたまま待機していたのだ。
まあ、現在ソロノス語という言語が理解できていないので、大して気にもならないようだけどな。
ただ、俺もエダさんの素性は初めて知ったので、驚きではある。
「……その眼」
「叔父様と同じ。本当にお婆様の妹君?」
『鼻筋から目元に掛けてなんて超そっくりね! パパの面影があるわぁ』
『通訳してもらって何だが、勝利には正確な情報を伝えておこう。俺たちエインヘリヤルは正吾曰く、三名じゃなくて四名らしいぜ。最後の一人は、エダやデアリス、ナンナの父親だ』
うわぁ、ヤバい人種が一人増えた。
エダさんたちの父親ってことは、地球人ではないってことだろ?
ソロノス人て常識とか倫理観とか、俺たちとは色々と違うみたいだけど、平気なんだろうか……。
『奴らがどこに引き籠ってんのか知ってるのは正吾だけだからな。本当かどうかは知らん』
それは生き残って転生術を繰り返している地球人や、復讐に身を焦がす王竜から身を隠しているから、と前に聞いたことがあるような無いような。
少なくとも、表に出てこないというのであれば、安全なのか?
エダさんが至近でペタペタと顔を撫でるものだから、ライアンは身動き一つとれていない。いや、あえてそうしているのだろう。
「そろそろ儂にも発言権が欲しいのだが良いかな。
『まず、タイラー! 郷に封印されておったはずでは?』」
『自主的にな。だが、今回こいつのお陰で目標が出来た。デュラン、お前にも協力してもらう。お前がここに居てくれたおかげで、計画を早められるぜ』
『何をするつもりでおる?』
『こいつ、勝利が拉致されたのは中央だ。そこにある大型を回収して解析する』
『鹵獲器の解析は儂らでも無理だ。それはもう承知のはず! 破壊するだけでも十分ではないのか?』
『いんや、この勝利だから出来る裏技がある。協力してくれるなら十分な対価も払えるだろう。十分を軽く超越して、二十分いや三十分くらいな。あとでその理由を証明してやるよ』
あの平良さん、勝手に話を進めるの、止めてもらえませんかねぇ?
それって俺が主体なんですけど!
主体となるのは、俺の中のウィンが抱える生きた知識群だけども!
「正吾さん、カオスっぷりが収まりません」
「仕方ないよ。デュランと平良さんの話は遅かれ早かれしなければならなかったことだ。エダにしても姉の子供、初めて会う甥の成長した姿となれば、感動も一入だろう?」
「はぁ。ところでジルバは大人しいですけど、今は何してるんです?」
「プリンに満足して寝てる。十分な睡眠をとるのは久しぶりだからね。子供は眠るのが仕事だからさ」
銀竜王なんて呼ばれてるのに、子供扱いなの?
正吾さんがそうやって甘やかすから、本当に子供なミジェナに集るんだよ!
「ちょっとカットス! この人たち、何なの?」
「あぁ、うん。エダさん以外の二人は俺と同郷の人。正吾さんに関してはちょっとややこしいから省くけど、俺と同じで……勇者?」
「地球人を特別扱いすることで、サンプルたちに排斥されないようにと、デュランが設けた施策。それが勇者という枠組みだよ。平良さんたちのエインヘリヤルという呼称を流用した形だね。ナノマシンの辞書を編纂した人物たちの趣向が大いに影響しているけどね」
「ドラゴンさん。銀竜王さんの話はさっぱり分からないわ」
言語こそ現代ソロノス語だけど、正吾さんの話の内容は日本の現代社会で生きていなければ、まず理解が及ばない。
この地で生まれ育っただけのミラさんが理解できないのは、仕方のないことなのだ。
だからこそ、正吾さんは話すことを許可したのだろう。聞いたところで理解が追い付かないのだから。
「ん? デュランさんがって、あぁえーと……」
「今代勇者殿。デュラン様こそが我が帝国の礎を築き、我ら一族にその管理を委ねてくださった偉大なる指導者なのです」
「あ、うん、ありがとうございます。でも、それミラさんに教えても大丈夫なので?」
「…………失言でしたね。ですが、ミラ殿は勇者殿の配偶者でありましょう? 事実を認識していて損はないでしょう」
「君、君、非常に苦しい言い訳だよ。勝利くんのお嫁ちゃん、ミラちゃんだったね。彼の話は事実だけど、外で今の話をしてはいけないよ。勝利くんとえっとアーグナの孫娘以外には内密に、ね。あとは、ライアンくんだけどギリギリ身内扱いでもいいかな」
「カットスと叔父様、ミモザ以外には秘密ですね。父上にも内緒?」
「彼か。内緒にしておいた方が彼のためかな。吹聴するようなら刺客が放たれる。知らないでいいならその方がいい」
「そ、そうね」
レウ・レルさんの失言に始まり、正吾さんの脅しを聞き、ミラさんの顔色が悪くなる一方だ。
師匠は踏み込んではいけないラインを慎重に測っていたが、ミラさんにはまだその辺は難しかったようだ。もし師匠がこの場に同席していたなら、耳を塞ぎ目を伏せて何も聞かないことに務めただろう。若しくは、、余計な口を挟むなど一切しなかっただろうな。
「兎に角、勝利くんには厄介な秘密が多い。ミラちゃんもその辺りを弁えて欲しい。君が協力的なら、こちらも協力は惜しまないよ」
「は、はい!」
協力、協力ねぇ?
ジルバが拠点を蹂躙したことは闇に葬ったままだけどな!
ものは言いようですな。




