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第三百八十三話

お久しぶりです。

込み入った事情が片付いたので、更新を再開したいと思います。

 厨房を出て、会議場となっている二階を目指した。

 その途中というか食堂を突っ切る形となったために、風呂から出てきた人物に遭遇することとなった。


「あら?」


「あぁ、パムゼッタさん」


「パムでいいと言ってるのに!」


 程よく茹ったパムゼッタさん。ダリ・ウルマム卿夫人は上気した肌色を俺に見せびらかすかのようだ。

 また、その隣にはこれでもかと気配を殺したベガさんの姿もあった。ガヌは風呂嫌いだというのに、ベガさんは気配を殺しながらも嫌な顔はしていなかった。

 ただ、体毛はシャンプーではなく石鹸で洗った髪の毛のように、パッツパツになっていたけれども。

 仕方ないんだ。俺の作った失敗作石鹸=シャンプーはもう品切れだからな!


 あえてベガさんの惨状に注視することはせず、パムさんの横を通り過ぎようとした。のだが……そうは問屋が降ろさなかった。


「婿殿を見掛けませんでしたか?」


「婿というと……ライアンですか?」


「えぇ、我が家で唯一売れ残っていたキアの婿殿ですわ!」


 ここには居ないキア・マス本人曰く、キア・マスには二人の姉がいたそうな。その二人も順調に嫁ぎ、キア・マスだけが唯一人売れ残っていたという話だ。

 そんなキア・マスの入り婿を望んだライアンのダリ・ウルマム夫妻にとっての希望の星であるらしい。キア・マス本人以上に大事にされている。腫れ物扱いはされていないが、少なくとも通常の婿扱いではないのは俺でも理解できた。


 正直に言うと、ミラさんの婿扱いである俺よりも待遇は上等だろう。


「いえ、見てませんし、会ってすらいませんけど」


「そうですの?」


「ええ」


 これ以上は気配を殺しているベガさんが哀れになる。パムさんの質問にも答えたのだ。この場から去るには今だろう。

 ただ、気になるのはライアンのことだ。今回、俺が留守にするにあたって、ライアンには一言も告げてはいない。現在、どこに居るのか俺は関知すらしていないが、アグニの爺さんとセットにすると、おかしなことを仕出かさないとも言えなかった。

 あの二人は妙に馬が合うのだ。そこが恐ろしくもある。


『そう言えばライアン君を見掛けませんねぇ』


『ライアンっぅとデアリスの息子か! 純血のソロノス人の嫡男となると……アレだろ。正吾?』


『まぁ、その辺は追々……まだ勝利くんにも教えていませんから』


 パムさんの横を通り過ぎつつ、平良さんと正吾さんの雑談も聞き流す。

 ライアンに何かしらの秘密があるようなのだが、今訊いたところで答えが帰って来るかも怪しい。そんな内容だった。


 二階に昇る階段は、食堂と風呂場の脱衣所のすぐ脇にある。

 風呂は宿泊客が夕方以降に利用できるよう、拠点の住人や関係者の利用は昼間まで。正確には陽が沈むまでの利用としている。使用を禁止すると、女性陣が反乱を起こしかねないからだ。


 人間、一度知ってしまった便利なものは余程の理由が無い限り手放せない。


 俺の場合、こっちの世界に拉致られたことで、風呂くらい二・三日程度なら入らなくても平気なんだが。俺の適当に作った失敗作ではなく、ミジェナ謹製の汚れが良く落ちる石鹸を知ってしまった女性陣には大いに無理があったようだ。

 世界が変わっても、美に執着する女性というのは恐ろしいものだと思う。

 それを堪能しつつも、商機と捉えているミモザさんの商魂も逞しいが……。

 そして、そんなミモザさんまでも俺のお嫁んさんにしようという、ミラさんの目論見ほど恐ろしいものはない。


 そのミラさんに今から会いに行かねばならない俺の心持よ。

 折れるな、折れてはいけない。いくらひん曲がろうが、ぽっきり折れてはいけないのだ!


 俺のくだらない意気込みは兎も角、大した距離もないのだ。すぐに着くに決まっていた。

 階段を上り切って左を見れば、護衛用の雑魚寝部屋の扉もとい大部屋の扉には何やらシートのようなものが掛かっている。大方、ジルバに吹き飛ばされた一角が偶々大部屋周辺だったのだろう。

 幸いと言っていいのか。個室近辺には被害が無かったようだ。

 吹き飛ばされたシギュルーの巣と大部屋に泊まっていた宿泊客には、ご愁傷さまとしか言いようが無いが、ね。犯人探しをするよりも、復興を第一と考えた俺の采配は間違ってはいないと思いたい。


 

コンコン


 ミラさんが居るという部屋の扉をノックした。

 中に人の気配がある。我が宿屋の個室、その収容人数から考えては過剰も過剰なであるのに、更に入り込もうという俺は何なのか。


「どなたかしら? 今は取り込み中なのよ――!?」


 俺が最も避けたかった人物が扉を開いた。

 言うまでもなく、ミラさんなのだが……何か様子がおかしい。


「カッ……トス!? え? えぇぇぇぇ!? …………カットスがふたり!?」


 はぁ?

 俺が二人? 何を馬鹿なことを!


 と、思いつつ、部屋の中を見れば――


「――お、俺!?」


『ん、あれは……デュラン?』


『随分と縮んだもんだ。ハッ、また無理を重ねたようだな!』


 その驚きには温度差がある。

 勿論、俺自身と正吾さん&平良さんだ。

 こういう時、ジルバは発言しない。たぶん興味がないのだ。若しくはミジェナよろしく昼寝中か。


『デアちゃん、そっくり!』


 少し遅れて聞こえてきたエダさんの呟きはスルーだ。

 今は――


「ライアン!」


「――ッ! まさか……そっちは叔父様? カットスの身代わりになっていたの?」


「チッ! どうすんだ、爺!」


「…………これはもうどうしようもなかろう? 儂も小僧も一切悪くない。カットス殿のタイミングが悪いんじゃよ。申し訳ありませぬ、兄上」


「――カカ! ふむ、お主か。弟がひた隠しにしたかった、新たな盟友とは」


「……お久しぶりでございます。今代勇者殿」


 場はカオスを極めた。

 それぞれが思い思いの言葉を吐くせいで収集が付かない。

 しかも、それは俺の内側でも似たようなもんだ。


『睦美や正吾に頼るでもなく、何かやりやがったな?』


『以前はアーグナと瓜二つであったのは確かですからね。巨人化の反動で縮んだのでしょう』


『あのおじさんが? 縮む以前に老け過ぎでしょ』


 ミラさんは当然の如く混乱していて、ライアンとアグニの爺さんは諦めの境地といった表情をしている。

 正吾さんや平良さんがデュラント呼んだ人物は、よくよく見れば髭を拭い去ったアグニの爺さんとも言えなくもない。体型にしても人族とドワーフの中間くらいの、若干ドワーフ寄りといったところ。

 他にも皇帝陛下の近衛騎士団団長のレウ・レルさんがデュラン爺さんの後ろに控え、その両脇にドワーフよりも細身なノッカーっぽい男性が二名。


「あぁもう畜生め! こっちの爺たちと口裏合わせしてミラを誤魔化す算段だったってのに! 唐突に帰って来やがって、コノヤロウ!」


「すまぬ、カツトシ殿。カツトシ殿の帰りが遅いが故、儂の方で勝手にこの小僧を巻き込んだ」


 あぁ。

 本当なら初日に帰ってくる予定だったのだ。その予定に手を加えたのは、こちらだ。

 何とか俺の不在を誤魔化そうと苦心してくれた、アグニの爺さんを責めることなど出来はしない。ましてや、巻き込まれる形で協力せざるを得なかったライアンも同様だ。


 ここはもう正直に吐露すべきだろう。


「アグニの爺さんもライアンもありがとう。あとミラさん、拠点の復興で大変な時に留守にしてしまい、ごめんなさい」


「あ、あんた! この忙しい時に――」


「お待ちくだされ、ミラ殿! カツトシ殿にも切実な事情があったのじゃ!」


「……ど、どんあ事情よ?」


「カツトシ殿の存命に係わる、事情があったのじゃ」


 本当なら俺の口からミラさんへと伝えなければならないことだった。

 ただ、ミラさんには伝えるべきでないと俺は判断していた。

 アグニの爺さんの孫とであるミモザさんとは立場が異なるミラさんでは、正直に話したところで話の内容を十分に理解できないと俺がそう判断したからだ。

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