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第三百八十二話

 その後の聴取で、ミジェナが俺の留守中にデザートを全て食べていたことが判った。随分とまたちゃっかりしていると言えた。

 平良さんのここで寝るという台詞も、マットレスを回収した後、俺の部屋で寝るということだったことが判明した。まぁ、そうだろうな。俺の部屋……ウィンの触手の一番先にある部屋であれば、鎧を脱ぐことができるからだ。

 有機物を取り込んでしまう平良さんの特性を無効化することができる空間と言えば、あの部屋しかない。鎧を身に付けたままベッドで寝たところで、何の代わりも無いのだろう。


「そろそろいいかな?」


「何がですか?」


「ジルバも望みの物を食べ終えたところだ。だから、勝利くんの帰還報告をしよう。どういう訳か勝利くんの外出は無かったことになってはいるけれども」


 正吾さんの言うように、俺が平良さんを迎えに行き、その後に海に遠征したことはなかったことになっている。少なくともミジェナは、そう俺に報告した。


「勝利はこの団体の主要人物だろう? 望むと望まざるにかかわらず、来客には会っておいた方がいいはずだ」


「それもありますが、あの赤髪の少女……勝利くんの配偶者から新たな情報が得られる可能性は否定できない」


 要するに、ミラさんと会え。それに付随してアグニの爺さんやライア、そして井戸掘りノッカーと共に現れたという第三者に会えと言うことらしい。

 元より俺に主導権など存在せず、正吾さんや平良さんの主張に逆らえる道理などなかった。


「わかりました。行きます。現場に赴けばいいのですよね?」


「そうだ」


「新たな展開に期待しよう」



 ちりんちりーん


 金属製の薄いベルの音が響く。以前に取り付けられたいた、ごろんごろんと鳴る古い木製のカウベルとは違う音色。俺は嫌々やってきた宿の入り口、食堂に面する扉に取り付けてあったベルの音の違いに嫌な予感がした。というより、ドアそのものも何だか新しくなっているような気がした。

 

「おう魔王さん! 今日は余裕だな?」


「はぁ、まぁ」


 つい先程まで留守にしていたはずなのに、食堂で顔を合わせた鍛冶師(弟子)はいつもと変わらない言葉を掛けてきた。まるで俺が拠点に居たままであったように。


 今更手遅れだと思うジルバと、平良さんは当然のように部屋に押し込めてある。言うまでもなく、触手の先の俺の部屋に。ミジェナは養蜂倉庫に置いてきた。プリンを食べ終え、日課のお昼寝中なので。

 食堂を通り抜け、厨房へと向かう。最初から厨房出入り口を遣わず正面から入った意図は、俺の姿を堂々と見せる意味合いもあった。あったんだ。


「魔王様! 居住区も大変なことになっていますので、多忙を極めていたと存じますが、もうこちらへ顔を見せても宜しいのですか?」


「いや、えっと、まぁ、色々とありましたけど、全て片付いたので」

 

 厨房に入って早々に、リグダールさんに捕まった。

 全てとは言わないが、一応片付いたのは本当。平良さんとオマケのエダさんを迎え、海に行って血を補充してきたとは言わないが、お土産があることは伝えておきたい。


「新たな食材を入手しましてね。ワイバーンや地竜の肉に飽きてきたところでしょう?」


「何を言いますか! 地竜の肉など、望んだからといって食べられるものではありません。宿の宿泊客も満足こそすれど、不満に思う者など居はしません」


「そ、そうなのかもしれませんが、俺は好い加減飽きたんです。なので魚が食いたいなぁと、それも海の新鮮な魚介を! ということで入手してきました」


 縄張り争いの末、かつての住処を追われ海を渡ることで逃げ出したヒュドラ。間違っても魚介ではないが海で獲れたことに違いはない。この際、魚介と言い張ってもいいのではないだろうか?


「どういった伝手で? ミモザさんや、今やミモザさんの片腕となりつつあるシフォンさんが?」


「えっと……別口ですよ。特殊な知り合いを通じて、です」


 そう、別口。特殊な知り合いという意味で、ジルバ&正吾さんと平良さん&エダさんである。俺とウィンもその場に居たが嘘ではない。


「それでちょっと食材の扱いに関してですね。講習をしたいのですが、食事も兼ねて」


「食事ですか? 先程ミジェナが自身の分と魔王様の分を徴収して行きましたが、お腹に余裕はあるのですか?」


 ……ミジェナ。帰って来るまでに少々時間が掛かったかと思えば、二人分の飯を平らげていたと?

 あの少女の体のどこに、二人分の食事が入っているのか謎でしかないな。


「……まあ、余裕ではありますよ」


「そうですか」


 余裕も何も、この拠点へ帰還してから何も食べてすらいないんだけどな。


「現在、子供たちは食事中でして夜のスタッフと交替させています」


「これはこれは!」


「おっと、ミロムさん? 調理もするようになったのですか?」


「居住区の復興に手を取られまして、ここも人手不足なのです。どこも、ですけどね。そこで私もリグに弟子入りしまして、実際に調理とまではいかなくとも簡単な料理でもできればモテるらしいと聞き……」


 聞いているかジルバ? 俺の分のプリンなど食っている場合ではないのだぞ?

 ジルバの影響で、開拓拠点の復興は火の車なのだ。主に人材不足で。

 それは、店長を任せたミロムさんが厨房に入らなければならない程の人手不足であるらしい。


「リグダールさん、どうしましょう? 俺はてっきりタロシェルやサリアちゃんが居るものと……」


「自分が覚えますし…………タロシェルも食事を終えて戻ったようです」


「兄ちゃん! もう忙しいの、済んだの?」


 忙しかったのは間違いないが、拠点内で忙しくしていた覚えなど俺にある訳もなく、言い訳が思いつかない。が、素知らぬ振りして流す。


「新しい食材があるんだ。海の魚や貝に海老。それと…………ヒュドラの幼生体」


「……お魚?」


「……貝? エビ?」


「……ヒュドラ?」


「ここだけの話にしてもらえると有難いんだけど、実はこっそり外出していまして、その成果ですね」


 食材として宿に提供する以上は、流石に無理があった。

 そのような経路だろうが海の鮮魚など入手は出来ない。それは魚醤を入手した段階で既にバレバレだろう。増してや、ウィンの『収納』から出てくるのだ。言い訳など、出来ようもなかった。


 なので早々に、この宿の厨房内に限り、俺は事実を一部バラすことを決断。


「海の、生きた魚!」


「貝、あの川の小さいヤツじゃなくてですか?」


「……ヒュドラとは?」


「内緒だから! 絶対に内緒だからね!」


 何度も何度、俺は念を押した。

 俺が外出していたこと自体がバレてはならないのだ。特に俺の精神的安寧のためには。



「これがアサリ。こっちの貝の背が高く艶のあるのがハマグリで、貝に艶が無いのがホンビノス。これが恐らくはトコブシで、こっちがアワビ、だと思う」


 地球さんのものと比較して、まずデカい。形状が似通っているのは救いだ。

 アサリ”タイプ”やハマグリ”タイプ”等、”タイプ”という単語は省いた。ここでは意味がなく、俺や平良さんがわかっていればそれでいい。正吾さんに至っては、理解すらしていないのでどうでもよかった。


『以前、ホンビノスをハマグリと称し高値で売っているスーパーに苦情を言ったら、次回から品名が空白になったことがあったわ。ホンビノスは味が異常に濃いからよ、食ったら一発でバレるのに浅はかなことだ』

 

 ウィンの援助で鼓膜から直接聞こえてくる平良さんの愚痴というか雑学を聞きながら、現在厨房内にいる調理担当者へと説明している。

 しかしそんな平良さんでも、ザリガニみたいな海老に言及することはなかった。


「魚は鮮魚が多いけど、俺の方で干物の試作をしています」


「干物ですか?」


 実際には俺が、じゃなくて平良さんが、だけど。


「塩っ辛いのはヤダな」


「干物は試食してみて、皆さんの反応次第で売り物とするか判断しましょう」


 こっちの一般的な干物は、塩辛くカチンコチンになっているものしかない。あとは、これでもかという量の塩に漬けられた魚くらい。どちらも塩で水分が取り除かれていることくらいしか共通点が無い。

 でも、平良さんは自分が食べることを想定してサバやアジの開きを作っている。そういった点では信用できた。

 考え方が俺と似ている。自分が食べたい味の料理を他人に求めるよりも、自分で作った方が手っ取り早いんだ。


 兄貴がよく言っていた。酒呑みは料理が上手い、と。


「干物は期待していてください。それまで、これらの魚介を使った料理を考えましょう」


「エビは、蜘蛛やカニのように揚げ物にしましょう」


「貝はどうします? ここまで大きいと何とも」


「貝は砂抜きが済んでいるのでクリームシチューに入れチャウダーに。但し、潮の香りに抵抗がない人限定にします」


『アワビ、刺身にしないのか? すりおろして山掛け丼にするっていうのもアリだ』 


『勝利くんは食文化に改革を齎せ過ぎなのでは?』


 所々で、鼓膜に直接届けられる実に美味しそうな茶々は無視。

 刺身はどうだろ? 魚を生で食べられることを半端に教えると、川魚まで生で食べてしまう者が現れるとも考えられる。それはヤバそうな寄生虫に侵されるかもしれず、安易に広めて良いものかと考えさせられた。

 あとはアレだ。海を知らず、潮の香りに抵抗のある人には、海関連食材の提要を控えると案を練り込んだ。


「問題は腐り易い点ですかね。師匠とライアンの冷蔵魔具の具合はどうなんです?」


「現在も肉や脂の貯蔵に問題は見受けられません。調整魔石の消費量も大したことがなく、コスト面でも安心です。ただ、これだけの量は流石に、保存しきれません」


「ヒュドラがやたらデカいですからね」


「ヒュドラの肉質や味からして、数が少なくなりつつあるワイバーンの代替品としては十分です。冷蔵魔具室には基本ヒュドラを保存し、必要に応じて魚介を補充していただければ」


「うーん、そうもいかないんですよね。再び留守がちになりますんで」


 正吾さんと平良さん、あとはアグニの爺さんの都合次第では、それこそすぐにでも行動を起こす必要がある。今日言って明日、とはならないだろうけど。


「保存が利かないのら無理はせずとも、それに作業者が腹を下しては居住区の復興が遅れてしまいます。復興完了の祝いを新たな食事メニューのお披露目としてはいかがでしょう? それまでに我々も、この新食材に慣れるということで」


「住民や来客の増え続ける村ではヒュドラの肉もそう長くは持たないと思われます。徐々に家畜や通常の狩りでの獲物の肉に切り替えるべきです。また、魚介の痛みが早いのは周知されていますから、魔王様の留守中に提供できないことも不可抗力として納得していただくほかありませんよ」


 師匠やライアンが生み出した冷蔵保存用魔具やスクロールも電化製品ほどには安定してはいない。

 幾ら安価で運用できたとしても、宿は俺の収入源で慈善事業ではなく、営利目的なのだ。ほぼノーコストのウィンの『収納』無くして生ものの長期保存は厳しく、腐食による食中毒の危険性も排除できるとなれば、これに勝るものなどなかった。


「しばらくは滞在できると思うので、その間に食材への理解を深めてください。さてと次は、あと後回しにしていた。ミラさんへの顔見せを…………」


「ああぁ、村長なら二階の右奥です」


「……いってきます」


 「逝ってきます」になりませんように。

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