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第三百七十八話

 南口の警備はザルだった。

 何せ、南口の警備体制の要はシギュルーである。そのシギュルーは既にウィンによって餌付けされ、懐柔されていると言ってもいい。

 当然ながら普段は警備団という元冒険者たちも門衛を務めてはいるのだが、どういうわけか……いや、フェルニルさんの言い分にあった通りだろうか、その数は激減していた。


 本来なら外出時と同様に、触手での移動ができれば一切の問題も無かっただろうに。ただ、あれはコストが極端に嵩むらしいと聞いて、現在取りやめている。

 何のために海まで遠征してまで血液を補充したのか、分からなくなってしまうもの。


「ジルバは俺の肩かウィンの触手に乗って、飛ばないように」


「プリンで手を打つよ?」


「……前向きに検討しよう」


 南口を入って以降は戦車はウィンに回収させた。そして現在は徒歩で移動中だ。

 頑なにプリンを求めるジルバの要望には検討はしても応えられないだろう。ゼリーであればほぼ確実に入手可能と思われるのだが……何とか言い包める手立てはないものか。


 俺の存在が目立たないようにゆっくりと歩む。

 途中、巡回娼館の天幕が目に入る。ジルバに吹き飛ばされた天幕も今や元通りで、順調に営業している様子だ。尤も、拠点の復興中だというのに、巡回娼館に足を延ばせる男衆がいることに驚きを隠せないが。

 巡回娼館を通り過ぎれば、すぐに俺がオーナーを務める宿があるのだが……その対面になぜか人だかりがあった。よくよく見れば、貧相で粗末な屋台に娼婦のお姉さん方が群がっているようだ。

 その手には草を束ねたような何かを握っていた。恐らくだがそれは拠点近辺で採取された食べられる野草か何かだろう。

 警備団の多くが拠点の復興に手間取られてる最中である。普段であれば、警備団員の小遣い稼ぎも、非番の娼婦たちによる小遣い稼ぎへと変貌している様子だった。

 当然のように買い取りをしているのは貧相で粗末な屋台の主。まあ、見紛うことなく、その主はミモザさんなのだろうな。


 とはいえ、俺が目の前に現れれば騒がれるのは火を見るより明らかであるし、見なかったことにして通り過ぎるとしよう。

 宿には一度寄りたいところだが、ここはひとつ養蜂倉庫に落ち着いてからにしたい。


「ところで正吾さん。平良さんが静かなのは何か訳が?」


「あぁ、うん。エダを助手に海水を煮詰めて塩を析出させているようだ。副次的ににがりも入手できるという話で、海塩が無事にできるようなら次は鯵と鯖の開きをつくるのだとか」


「まさか、あの部屋でやっているのですか? 生臭くなっちゃうんじゃ?」


「いいや、部屋ではないよ。原っぱの入り口に簡易な小屋を建てるとか言ってたなぁ」


 俺のマナで運用されているあの部屋が生臭くなるのは困る、というか許容できない。でも、草原で作業するにしてもだ。あそこの住人が黙っているだろうか?

 クロLRにしろ、アイボリーにしろ、魚に興味を示すんじゃないだろうか? 絶対に興味を示しては丸齧りして、平良さんの邪魔をしている気がする。


「まあでも、青魚の開きの出来次第では俺が買い取るのもアリかと。その場合、値付けが難しいですけど」


「買い取るも何もウィンが獲ったものだからね。作業代金だけなら大した額にはならないよ。それに、あの部屋での二人の滞在費を考慮するならば、相殺してとんとんと言う感じだろうね」


「……ということは?」


「今なら平良さんは聞いていないだろうから言えることだけど。ただ働きで十分だと私は考えるね」


 平良さんとエダさんの労働に対して賃金が発生しない理由に、ジルバ兼正吾さんが含まれていないことが謎だが、俺と合流した日時が異なるから扱いが変わるとでも思っているのだろうか?

 ジルバの食費もそこそこ嵩んでいるのだが……その辺りはどう思っているのだろう。それもまた、今更という話でもあるので問い質すつもりもないが。


「ひとまず、我が家。養蜂倉庫へ行きます」


「そうしよう」


 予想外にも誰にも咎められることなく、養蜂倉庫の目の前まで至った。

 のだが、ここで思わぬ障害が俺たちを出迎えた。


 デデーンと! そうれはもうデデーンと!

 養蜂倉庫前で佇む大きな影がふたつ。

 いや、まあ、南口を入ったところからずっとその姿が見えてはいたんだけれども。


「ミート、お前。また脱走したのか? しかもリドリーまで連れて!」


「相変わらず、良い馬だよね。毛色といい、毛艶といい」


 正吾さんのミートへの評価を聞き流しながら、俺は考える。

 ミートとリドリーには絶対に血縁関係がありそうだと。それこそ、毛色や面立ちに体形が似通りすぎだった。リドリーの毛先が若干白髪っぽくなっているけれども。


「あぁ、ごめん。お出迎え、ありがとう?」


「ブルゥゥゥゥ」


 ウィンがミートの鼻先を撫で、俺が首筋を撫でる。寄って来たリドリーも同様に。

 ミラさんの出迎えこそ恐れてはいたが、それは無かった。しかし、馬に出迎えられるのも、微妙な気がした。

 いつ帰ると連絡を入れた訳でもない。こうして俺の気配を感じて迎えに来てくれたミートとリドリーには感謝はしている。


 少なくとも今は、面倒事もなく戻って来れたことを喜ぼう。

 面倒事とは、ミラさんへの対応以外の何ものでもないが……。


「ん!」


 ミートとリドリーは撫でられたことで落ち着いたらしく、居住区へと踵を返す。向かう先は居住区を通り抜けた北口の厩舎だろうけど。

 それを見送り、我が家・養蜂倉庫へと入れば、女王蜂と親衛隊、ミジェナが一目散に飛んで来た。

 俺の留守を任せたミジェナはいいが、蜂たちはお尻の針を出し入れするを止めてもらいたい。久方ぶりに俺に会うことに興奮している? まさか、忘れられているとか? いずれにしろ、針は不可抗力の偶然にしても刺されては怖いので止めてください。お願いします。


「帰りが遅くなってごめんな、ミジェナ。でも目的の人物の助力は得られたよ。ついでにお土産もいっぱいあるんだ」


「……ん、おみやげ?」


「助けてもらえるよう約束を取り付けた後、海に行ってきたんだ。だから、海産物がいっぱいある。肉ばっかりで飽きたろ? 新鮮でおいしい魚や海老に貝だ。……おまけでヒュドラも三匹いるし」


 海を見たことがないらしいミジェナには、よく分かっていないようだが。

 ヒュドラの白焼きは平良さんが太鼓判を押すほどの珍味だった。当然ながら俺も試食した。幼生だけあって若いらしく、その身はとても柔らかく、何より旨味が凄かった。

 洒落にならないくらい巨体のヒュドラは、毒蛇らしく牙の根本には毒嚢があり、ジルバのように喉の辺りにブレス袋の中にも同様の毒がたんまりと蓄えられていたけども。それは平良さんが主導し、ウィンが完全に除去したそうだ。そうでなければ、俺も口にはしない。

 食べ物で冒険するにも、限度というものがある。あくまでも俺には。

 平良さんは毒だろうが何だろうが、有機物なら吸収してしまうらしいけど。


「この後、宿に行って食材の調理方法を皆で考えたいんだけど、どうかな?」


「んんん、だめ! 今はミラ様がいる」


「はぃ?」


 俺は宿の前を平然と通り抜けてきた。

 宿の食堂部分には、俺がここまで歩いてきた道の見える窓もある。よもや、バレてはいないだろうか? 大丈夫だよな?

 仮に見つかっていた場合は、ミラさんならすぐさま俺の下に駆け付けていたはずだ。それが無いということは、そういうことなのだろう。

 焦りからか、俺の額には大粒の汗が滲んだ。右手のひらで拭えば、脂汗だと分かる。


「宿は様子見するとして、ライアンは?」


「……ん、あっちに住むって」


「あぁ、ダリ・ウルマム卿やキア・マスと一緒に住むというアレか。やっと実現したのか」


 ジルバが拠点を蹂躙する前にも、そんな話はあった。しかし、割り振られた小屋があまりにも狭くて保留されていた。

 それも復興に併せて、再度の区画整理で何とかするつもりなのだろう。


 そんなことを考えていると、ミジェナが俺の肩口をじっと見ていることに気付く。


「………………ん?」


「……えーと、この子はジルバというドラゴンだ」


 ミラさんへの、正確には師匠への切り札として、ジルバと正吾さんには俺の肩に乗ってもらっていた。肩口というよりはジルバの大きさもあり、両肩と首の後ろとも言えるけれども。

 ミートとリドリーの出迎えまでは覚えている。養蜂倉庫に入ってからは安心してしまい、俺はその存在そのものをすっかり忘れていたのだった。


 王竜を間近で初めて見るであろう、ミジェナの視線がジルバに注がれる。

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