第三十七話
交渉四日目。
今日はまた皇帝陛下の姿もあり、宰相閣下も少しは気が楽な様子。
交渉はというと、師匠がその口火を切ることになった。
「まずは開拓を進めるものとして、作付けは何が良いでしょうか?
ゆくゆくは川沿いの肥沃な地域も、と考えますが。まずはこの南の拠点、その周囲の開拓を主といたしましょう」
「麦については春撒きのみで、秋撒きの収穫は気候により不可能でしょうな。ただ、この地域ですと甘カブの栽培が可能ですな」
「甘カブは我が帝国での砂糖の需要を満たすための作物となっています。商業都市国家ジャガルより齎される西大陸産の砂糖に比べると、その甘みが若干弱いですがね。安定した価格での流通を考えれば十分でありましょう」
「商業都市国家ですか、あそこは西大陸の品で随分と儲けていらっしゃるようですね?」
「この大陸の砂糖利権を、一手に引き受けているようなものですから。なんとも羨ましい話ですな」
師匠と宰相閣下の二人、その笑顔がとても気持ち悪い。なんだか物凄く下卑た笑みを浮かべているのだ。
「ミラさん、商業都市国家というのは?」
「ミラって呼びなさいって言ってるでしょ。
商業都市国家ジャガル、ね。この大陸の西の果てにある港町のことよ。その都市だけで国家を名乗っている商人たちの集まりよ」
俺はこの大陸がどの程度の広さを有しているのかを知らない。それでも10を超える国家が存在しているということは理解しているつもりだ。
都市一つで国家を名乗るとは面白いというか、不思議なものに感じる。地球でいうところのバチカン市国みたいなものだろうか?
「しかし砂糖を生産しているとなると、彼らに睨まれませんか?」
「それは問題にはなりませんよ。第一に品質という点で甘カブから精製されたものは、甘みが弱いのです。それに供給量の問題もあり、帝国内で消費する分程度しか生産できませんからな。彼らも暇ではありませんでしょうから、遠く離れた帝国までやって来はしませんよ」
「ふむ。では、春撒きの麦と甘カブを柱とするのがよろしいようですね」
「その他の作物も幾つかありますが、小作人を雇い入れる段階で十分間に合いましょうな」
「そうなると、必要なのはやはり人材ですか……」
「人材に関しては叔父上の方で見繕ってもらっております。引退した冒険者で品行方正な者を集めていると伺っておりますよ」
「それは嬉しいお話なのですが……。何分、資金面に不安もありまして」
昨日、午後の話し合いでも問題とされたのは資金だ。基本的に俺の冒険者としての稼ぎが開拓団の資金として扱われることになる。だが、そこにはひとつ落とし穴があり、俺自身も武具のメンテナンスなどで浪費する金の額が膨大であるということだった。
この問題をどうにかする必要があるが、武具の質を下げることは出来ない。なんたって俺の命が掛かっているのだから。
「開拓団結成の慣例としまして、国から準備金を帝国金貨で10000枚を進呈します。それとひとつ勘違いをされているようですので修正を。
叔父上の集めている人材は何も雇い入れる必要はありません。あくまでも開拓団の一員として迎えていただければ良いのです」
「そうですぞ、彼らは新たな集落への移民という扱いですな。
開拓団の一員ですから勿論開拓にも参加します。陪臣とお考えくだされば良いかと」
「あぁ、なるほど。それならば、あがりの幾らかで支払えば良いということですか」
「そこは納得している者のみを集めていますから問題はありませぬぞ」
陪臣というのは前に教わったことがある。王に直接雇われたのが家臣で、各貴族が独自に雇い入れたのが陪臣であるとか。
でもこの場合、集めているのは宰相閣下なんだよな。
「叔父上の名義では集めてはいませんからご安心ください。あくまでも代表は今代勇者殿です。それに我が国は親勇者ですからね、一声掛けるだけですぐに集まるのですよ。そこから選抜する作業が大変らしいですけどね」
皇帝陛下は俺に向けて、そう教えてくれた。俺、そんなに不思議そうな顔してたかな……。
「あの、それはもう一声掛けてあるということでしょうか?」
「勿論、リンゲニオンに漏れないよう細心の注意を払っておりますぞ」
俺の顔色ってそんなに分かり易いのかな? 皇帝陛下も宰相閣下も俺の言いたいことを全て汲んでくれるとは、流石は政治の世界で生きている人は違う。
リンゲニオンの姫様がどんな女性かは皆目見当もつかないけど、厄介事の種であるのは間違いない。俺が認めた婚約者はミラさんだし、それが蔑ろにされるようなことがあってはならない。というか、そんなこと恐ろしくて想像もしたくない。
「カットス、私のこと考えてくれたのね。ありがとう」
ミラさんにまでモロバレなんだけど……。俺ってそんなに分かり易いのかと、今日既に何度目かの疑問を—―。
「カットス君はミラでなくて、自分が遭遇するであろう未来を想像したのではないかな?」
ちょっ……。




