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第三百七十五話

「先生、こちらは終わりました」


「なら、帰らせてお前らは休憩に入れ」


 無事だった旧パン焼き小屋改めミラの執務室は、急遽診療所として使用中。

 薬師である俺を主に、弟子のイレーヌとその兄のアランが手伝いをしている。

 アランに関しては、特に頼んだ覚えもないのだが……妹が心配とのことで自主的に手伝いを買って出てくれていた。そのお陰もあって、手が足りないなんてことはない。

 まあ、でもあれだ。魔王がよく言う、シスコンてやつなのは分かる気がするな。


「俺は警備団と憲兵団の方を巡回して来るわ」


「それならば私も先生と同伴しますよ」


「いや、いい。イレーヌはここで待て。俺が留守中に、ここを訪れる者がいないとも限らないからよ。アランと二人でなら任せられる」


「そうですか、わかりました」


 師匠の立場からしてみれば、イレーヌの献身は弟子としても真に嬉しい成長であるのだが、ちょいと俺にも事情というものがあるんだわ。

 話してやれない申し訳なさもあって、そそくさと準備を済ませて外に出た。


「あ、叔父様! カットス、見ませんでしたか?」


「おぅ、ミラか。あいつなら拠点内をほっつき歩いてるんじゃねえのか?」


「何かしている風ではあるのですけど、最近どうも私や父上を避けているようなんです」


 焦った!

 診療所を出た直後にミラと相対するとは。

 避けるも何も、ミラや兄さんを含む開拓団の幹部の眼を避けているのは仕方のないことだ。

 俺が基本化けるのはミラの叔父像とも言える架空の人物像か、無色透明な空気だけだ。そのため、特定の人物に化けるのは得意ではない。

 その上、その特定の人物をよく知る者がいる場合は、近寄り話し掛けられただけでも、正体を見破られかねないのだ。


 俺もなんやかんやと付き合い自体は長いので、魔王の口調や態度等は心得てはいる。百歩譲って、婚約者殿や親父殿・御袋殿であれば誤魔化せる可能性はあっても、あいつとの付き合いの最も長い兄さんとミラの目を誤魔化すのは厳し過ぎる。

 だからこそ、開拓団の幹部の眼に触れないように、魔王との付き合いの浅い連中にだけ、魔王に化けた姿を晒していた。


「見掛けたら、お前が探していたと伝えよう。俺は今から仕事で診療所に来れない奴らを診て回らないと、な」


「大変な役目をお願いして申し訳ありません」


「まあ、気にすんな。代金はきっちり請求するからよ」


 とはいえ、警備団と憲兵団にも、それほど治療が必要な者は少ない。

 第一に、あの突然と横へと迸る稲妻の影響で怪我を負った者自体もそう多くない。開拓団の所属するエルフやハーフエルフは元より頑強で、小さな切り傷や擦り傷・打ち身程度が大半を占め、一部が小屋の小火騒ぎに巻き込まれての火傷だがこれも大したことはなかった。

 巡回というのは、あくまでも俺が魔王に化けるために必要な言い訳でしかない。まあ、それでも少しはそれらしい態度を振舞うため、大した怪我でもない患者の様子見もするにはするのだが。


 一番の問題となりそうなミラの下を去り、瓦礫と化していない小屋の影にて人目を避けて化けた。言わずもがな、魔王の姿だ。

 化けてもすぐには動き出さない。右を見て、左を見て――


「あぁ、カットス君!」


 げっ!

 ええと、あいつは何と呼んでいたか?


「し、師匠! どうかなさったのですか?」


「カットス君、僕はそろそろ家に帰ろうと思うんだよ。開拓団が腰を据えて、ミラとの結婚も間近と思えば、この惨状。ここからまた皆の暮らしを安定させるには時が必要となるだろうからね。なので私は一度領地に帰ろうと思うのだよ」


「一度?」


「うん。どこにファビアの密偵が潜んでいるか定かではないにしても、一度戻ってから今度はファビアも連れて来てしまえば良いかな、と」


 避けていた手前、遭遇してしまうと、こちらも普段と異なり緊張してしまったのだが、どうも兄さんは魔王に化けた俺と本人との区別がついていないようではあった。


 それにしても、兄さんは本気で言ってんのか?

 義姉さんを連れて舞い戻るとは、どういう了見だ?

 今のミラの十倍は気の強い義姉さんと旅をするだけでも正気とは思えない。ましてや、この開拓団に連れてくるなど以ての外だ。

 魔王が哀れ……いいや、間違いなく俺も巻き込まれる!

 俺の婚約話すら、ケチを付けそうで嫌だ。

 それだけは本当に勘弁してほしい。俺はこの婚約を、延いては婚姻を心の底から甘受しているのだから。


「……ミラさんのことはライアンが面倒看るという話では?」


「そうは言っても、可愛い娘のことだからね。カットス君との結婚は、帝国との婚姻でもあるんだ。僕やファビアが同席しないというわけにもいかないのだよ」


 道理は通っている、ように聞こえる。

 なら、兄さんがもう少し長く居残ればいい、とも言えないところが厳しい。

 兄さんにも俺にも、再三にわたって開拓団の人員を介して義姉さんからの手紙が届いている。内容は言わずもがな、兄さんを領地に帰せとの催促。

 これを長いこと無視した結果、最後通告とも言える手紙には、領地を旧領主である親父に任せて義姉さんがこちらへとやってくる、ようなことが書かれていた。


 ただ、一度帰るだけでも、相応の距離がある。

 俺の実家はオニングでも東側だ。

 最短距離を行くには、あの厄介な東国連合を突っ切る必要となる。

 だが、帝国と東国連合の国境は閉ざされているため、行き来は不可能に近い。完全に不可能というわけではないが、少なくとも帝国が設定した国境、砦なり何なりを無視して国境を越える必要がある。

 そんな行為は間違いなく、帝国が認めない。許可は下りないとみた方がいい。


 ならば、どうするか?

 北を南を繋ぐ比較的安全なルートは確かにあった。が、今はない。

 大陸中央のヘルド王国を通過するルートは、今となっては使えない。

 皇帝陛下直属の密偵を辞めた俺にも聞こえてくる程度に、ヘルド王国は東西南北の主な国境に兵士を派遣していると言う。

 国境に兵士を駐屯させることは、至って普通のことではあるが……それが派遣となると話は変わってくる。国境の通過を監督する役を帯びた駐屯兵に加え、新たに派遣された兵がいるというのだ。

 絶対に、キナ臭いことになっているはずだ。


「帰れるんですか?」


「うん、難しいけどね。秘密のルートを遣うから」


 兄さんが口にした秘密のルートとやらの正体を俺は知らない。

 シギュルーに乗って飛んで来た俺が言うのもなんだが、歩きでは少なく見積もっても二百日は必要。仮に馬車に乗るとしても、国境を越えられなければ足止めされ、立ち往生するだけだ。

 更に言えば、兄さんとミラ、魔王もだが、確実にヘルド王国政府から指名手配されていることだろう。まさか、逃げてきた、という事実を忘れているわけでもあるまい。


「だから、近い内に発つと伝えたかったんだよ」


「…………」


 うーん。

 殺しても、そうそう死にそうにない兄さんだが……、人ってのは結構あっけなく死ぬもんだ。

 俺は兄弟だから、その死にそうにないという感覚を理解できるし、たぶん大丈夫だとも思う。


 だが、魔王はどうだろう?

 下手をすると、今生の別れとなりかねない。心配するんだろうな。


「………………もう少し待ってもらえないか、兄さん」


「おや? ライアンでしたか」


「兄さんを騙せる程度には化けられたんだが、あいつ今留守なんだよ。いつ帰ってくるのか、俺もよく知らねえんだが……もう少し待っちゃくれねえか?」


「カットス君は僕の初めての直弟子です。化けたライアンに別れを告げても納得はできませんしねぇ」


「ああ、でも、詳しい事情は話せないぜ? 元からよく知らねえっつうのもあるけどな」


「……ライアンにすら内緒で出て行ったのですか?」


「俺も爺に聞いて、協力しているだけだからな」


 あとで爺に謝らないといけねえかな。

 詳しい事情を知っているのは爺とミモザ、ミジェナは魔王が留守にすること自体は把握しているようだった。

 何にせよ、俺の判断で兄さんを足止めすることはできた。


 帰ってきたら、何か旨いものを要求してやろう。覚悟してやがれ!

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