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第三百七十四話

「兄貴直伝、具なしあさりリゾットです」


「おおぅ! こりゃぁ、うめぇわ。正吾も食ってみろ」


「本当ですねぇ。不味さに顔を顰めていた黒米とはとても思えない味わいですよ」


「おいしぃ」


 俺が席を立った頃にはまだ大半が残っていたはずの刺身や蒸し物は、ほぼ全てが平らげられていた。犯人は言わずと知れたジルバとエダさんだろう。

 そのジルバは平良さんの勧めに従いリゾットを口に含んだ正吾さんの影響で、普段あまり口にしないはずの黒米の味に感動していた。もう一方のエダさんはリゾットには触れようともしないが。


「俺は米じゃなくて冷凍うどんを放り込んで、出汁の水分が完全に飛ぶまで麺に絡めたやつの方が好きなんですけど……」


「そのうどんも是非味わってみたいものだ。作ってくれ」


「うどん用に中力粉が手に入ったら……ですね。今のところ、薄力粉と強力粉しかないですし、強力粉でうどんを打つと圧力鍋でもないと茹で時間に問題がありまして……」


 俺が幼かった頃、兄貴や弟と一緒にうどんを打った経験がある。

 その時に使用した粉が所謂強力粉で、現在もパンを焼くために使用している粉だ。

 コシが非常に強い麺が打ちあがる反面、喉越しはあまり良くはなかった。

 その上、生麵であるものの、茹で時間が頗る長いというおまけ付き。兄貴が機転を利かせ、大量に打った麺を次回以降は圧力鍋を用いて茹でたため、比較的短時間で食卓の準備が整いはしたものだ。


「中力粉かぁ。各種パスタも打てりゃ、フランスパンやバゲットも焼けるよなぁ」


「圧力鍋さえあれば、うどんは可能です。パスタは卵の確保が難しいので、どうでしょうか? 茹で汁の処理は粉が沈殿するまで放置して、分離して処理すれば何とかなりそうではありますよね」


「その程度の汚水なんか畑に撒いときゃ、良い肥料になんだろ」


「……適当過ぎませんか?」


「平良さんも勝利くんも、その辺は私たち地球人やトヴェリアの技術がありますから、そこまで心配しなくても平気ですよ」


 ライアンとロギンさんローゲンさんが主体となって完成した汚水浄化設備。

 俺がテレビで見たような機械技術ではなく、魔術が主ではあるのだが……その根幹にあるのは確立された技術ではあるようだった。

 正吾さん曰く、その技術体系は嘗ての地球人やトヴェリア――アグニの爺さんのような――人たちが伝授した技術であるようだった。


「話は変わりますけど、これ食べ終わったら好い加減寝ます」


「寝るって、もう朝だぞ?」


「ここまで移動するのに、全く寝てませんので! お腹いっぱいになったら一旦寝ますよ」


 一晩くらいなら徹夜しても何とか踏ん張れそうではあるが、今夜もどうなるか判ったものではない。ならば、今の内に休んでおきたい。

 と、思ったのだが――


「――勝利くん、睡眠はお預けになるかもね?」


「――なにか、来た!」


「――うねうねと……海蛇か? かなりデカいぞ!」


 俺とエダさんを置き去りに、正吾さん・ジルバ・平良さんと海の先を見据え、何かを発見したような台詞を吐いた。


「蛇は蛇ではありますけど、トライヘッド、ヒュドラの幼体ですよ。隣の大陸の海岸線や湿地帯に生息するのですが、縄張り意識が強い癖に繁殖力も非常に強く、頻繁に縄張り争いの末に共食いに至るんです。どうやら、その縄張り争いから難を逃れてきた個体でしょうね。海を渡る個体を以前も見たことはあります。

 ヒュドラは成長する過程で頭部が新たに生えるてくるのですが、これがまた厄介な存在となります。蛇の類への対応には林さんも苦手としていますし、郷まで距離もありますが安全を考慮するのであれば、ここで片付けてしまうのが一番でしょう」


「まぁ、ちょうど良いんじゃねえか。あれだけデカいんだ。血も大量に詰まってんだろ。だが、俺やジルバが相手をしたら跡形も残らねえ。勝利、一眠りしたかったら、早くやれ!」


「えっと、まだ俺の目にはまだ何も見えないんですけど……」


 お二人は、どこまで遠くを見通しているのか?

 ここへはウィンが『贄』に用いる血液の採集に来ているのだから、やるのは一向に構わない。ただ、相手がどこに居るのかが分からないのは困る。


「俺の指先を追え。あれだ」


「波間をうねうねと滑って来るような、あれですか?」


「そうだ」


「うわぁ、デッカ! こんなに距離感がおかしいのは大猿以来ですよ」


 地竜の時はドラゴンと遭遇したのは見たのは初めてで、そういうものだと考えるしかなかった。だから、対比となるのは守護の森で遭遇した大猿しかない。

 それにしても、魔物と呼ばれる変異体以外の生物が幾ら地球のものの数倍の体積を有しているとはいえ、十倍くらいなものだと踏んでいたのだが……。

 この蛇は洒落になってねぇ!

 優に俺が見慣れていた日本の蛇、青大将の二十倍じゃ利かねぇ。三十倍、いやもっとある。いいや、それ以前にヒュドラなんて初遭遇ですけど!


 今の俺には頭部は二つにしか見えてないけど、正吾さんはトライヘッドと呼んだ。 つまり、二つではなく、三つあるということ!

 太さは酒樽くらいあって、それを何個も連ねたような体型をしている。

 つい最近見たものとの対比でも、あのクソ寒い中見たウナギことシーサーペントよりも尚太く、全長もどうだろうか?


 でもまあ、どうでもいいや。


「ウィンちゃん! 距離が詰まったら、丸呑みにしてやろうか?」


「ハァイ!」


 そう、俺にはウィンがいる。

 どれだけデカくとも、地竜二頭を丸呑みにしたウィンの触手があるのだ。

 あの時だって、おっかなびっくり密かに近付いて、そして丸呑みにしたものだ。

 一撃でも食らえば俺の命なんて一瞬で砕け散りそうな、風前の灯火とも言えた緊張感を思い出せ!

 さすがに、ウィンの射程が今どれだけあるか定かではないが、あの時よりも延びていることに間違いはない。


「あ、すまねぇが勝利。エダと、この食い残しを先に片付けてくれ」


「タイラー!? あーし、お腹いっぱいで動けない!」


「本当に平良さんは、緊張も何もあったものではないですね。エダ、危ないので中に避難させてもらうだけですよ」


「あぁ、そういう! 早く早く、あーしを避難させて!」


「ウィンちゃん、お願い」


「ァィ」


 俺は視線をまだ遠くのヒュドラから外さず、ウィンにお願いする。

 デカいというのは、それだけで十分に強いということ。近付いてくる相手から視線を外すなど、油断でしかない。

 以前に大怪我をしていることもあり、こと戦闘に関しては俺に油断はない。あれはあれで、避けようがなかったとも言えるのだが。


「おおぅ、デケぇぇ!」


「無駄な援護に終わるかもしれませんが、準備だけはしておきます。勝利くんとウィンは安心して、一撃を加えてください」


 ヒュドラの威容を完全に視界に収めた平良さんは、驚嘆しながらも籠手を外した右腕を構えている。また、正吾さんは言葉の通り、ジルバが口先に俺では構築不可能な緻密な魔法陣を浮かべた。


 そんな三人の落ち着いた心構えがに感心するも――


「ウィンちゃん、もういけるんじゃない?」


「ァーイ!」


 ウィンが魚獲りをしていた射程とほぼ変わらない距離を見て、問うてみた。

 打てば響くのが、ウィンという俺の相棒だ。

 その返答が返されて即、海中から大口を開けた魚が現れたかのようにヒュドラを呑み込んだ。


 結果を言えば、緊張も何もなかった。

 至って普段通りの作業でしかなく。

 事前の宣言のように、平良さんとジルバの援護も無駄に終わる。


「初めて見たが……俺たちよりも反則臭くないか?」


「平良さんたちも大概ですけど、勝利くんとウィンも十二分に反則なのはわかります」


「正吾とジルバも他人のことは言えねえがな!」


 突発的に、偶発的に遭遇したヒュドラだが、この存在は大量の血液を俺たちに齎してくれた。食後のデザートにしてはちょいと血生臭いが、ボーナスステージのようなものだ。


「これで血はかなり補充できたと思いますけど、まだ南下するんですか?」


「勝利。海老とか蟹とかサザエやアワビなんかも食いたくはないか?」


「主客逆転とも言えますがね。私もジルバに美味しい海鮮を食べさせてあげたいとは思いますよ」


「……あぁ、はい。ではひと先ず、睡眠をとらせてください」


 結局、予定は何も変わらないことを、俺は知った。

 最早、この集団の主導権は俺とウィンにはないのだと……。

 あぁ、最初からか。

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