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第三百七十話

 眠い。

 そりゃ、夜中に始めた潮干狩りもひと段落して明け方だからな。

 が、眠くても食べておかなくては腹が減って中途半端な眠りしか得られないだろう。


「勝利、鯖タイプを何本か寄こせ」


 砂の上に何かが落ちた。ドサッという音の少し後に平良さんが現れ、言う。

 何本かって棍棒と見紛うサイズがある以上、そう何本も喰えるとは思えないが。


「それと酒だ。好きに使え」


「いや、お酒はいいです。そのお酒は匂いがきつ過ぎます。それ以前にこれだけ新鮮なら酒蒸しでなくても、貝自体が内包している水分だけで十分おいしく蒸しあがりますよ。たぶん」


 貝本体の大きさへの考慮や、閉じている貝にどうやってお酒を仕込むのかを考えると無理強いにしか聞こえなかった。

 まず、ブランデーを貝の酒蒸しに使ったことは俺には一度も経験が無い。最悪は貝が持つ潮の香りが、ブランデーに負けてしまうのではないかと思われた。それでは如何にも勿体ない。


 話を聞いていたウィンが平良さんへ鯖タイプ数本と小魚タイプ――と言っても、鯖タイプの半分くらいはある――を触手から吐き出すように譲渡する。

 その間に俺は、他にもあるウィンの触手から薪をもらい、キャンプファイヤーばりに薪を組み上げ、あさりタイプをその上に載せてもらっていた。ある程度薪に火が回れば貝の重みで自然に崩れてくれることだろう。


「勝利、倉庫で見繕ってきたナイフじゃ小さ過ぎる。何かないか?」


「最近全くと言っていい程活躍の場のない剣が数本と鉞、普段俺が携帯している鉈ならありますけど……」


「剣と鉈を貸せ」


「はい。ウィン、頼むよ」


「ァィ」


 俺はウィンが毒見を済ませた貝を蒸し焼きにするだけなので、解体やら調理の手間などない。逆に、鯖タイプや小魚タイプを捌く必要がある平良さんに刃物を提供する必要があった。


「調味料は何がある?」


「少し苦い岩塩と……そうだ! ウィン、小瓶を出して」


「……ァィ、ァィ」

 

「違う、コレジャナイ」


 俺がというかウィンに『収納』してもらっている小瓶は幾つかある。

 まず最初にウィンが取り出したのは試験管に入ったドドメ色の液体。これは緊急時にとライアンから与えられた液体の造血剤だ。

 次に取り出したるは、ジャムでも入っているかのような瓶入りの白い何か。これも違う。これはこれで結構活躍してくれているが、少なくとも調味料ではない。黒いあんちくしょうの体液だ!

 最後に取り出したるは、そうこれこれ。少し縦長の瓶に入った茶色み掛かった液体こそ、俺が求めたものだ。

 今回はどういう訳か、ウィンは俺の思考を読み取ってはくれなかった。おや、態とか? 素直なウィンがそんなふざけた真似をするとも思えない。……考え過ぎだ。


「これは魚の塩漬けの発酵が進み過ぎて、勝手にこうなっていた魚醤です」


 一応は俺とウィンが少しだけ手を加えてはいる。主に使える層とそれ以外を分別しただけ。とはいえ、魚を塩漬けにしたのは、どこぞの漁師か業者さんだろう。

 でも、兄貴の魚醤テロ経験者の俺からすれば、魚醤の発酵時に同席しなくて済んだのは幸いなのだ。あれは目と鼻と、着ている服が殺られる。


「魚醤か。魚との相性は悪くはねえが、やっぱ醤油が欲しいよな?」


「欲しいですね。でも、麹菌が……」


「俺の場合、補給だけなら味覚なんぞ無視できるだけ幸せなんだろうが。お前らはそうもいかないだろうよ」


 そりゃ、あれば嬉しいし、それに越したことはない。

 だが、好い加減慣れた。無いものねだりをしても仕方なく、有るもので賄うしかない。


「まあいい、早速捌くとするか」


 そう言った平良さんだが、全身鎧をカチャカチャと鳴らし始め、なんと左腕の籠手を外したではないか!

 波打ち際で白ミル貝タイプと格闘していたジルバが、逃げるように海方面へと飛び立ち。砂浜へ無造作に落とされ、トドのように寝っ転がっていたエダさんが飛び起き、平良さんから即座に距離を取る。


「タイラー!? 何故、籠手を外した?」


「…………鰓や食えそうにない内臓を捨てるに忍びなくてよ。ちょうど良いから補給しようかと思ったまでだ。だから、そう警戒するな」


 平良さんの素肌に触れられるのは、ウィンが元気な時の俺くらいなもの。

 それ以外は人間であろうが何であろうが、有機物と言う括りであれば平良さんに触れれば即座に喰われるらしい。

 そういう意味で、ジルバやエダさんが必要以上に警戒する意味も分かるというものだ。


「寄生虫の類は基本内臓内部に棲む。宿主が死ぬと、寄生虫は死体から逃げ出そうとするんだが。その時に内臓から出た寄生虫は、比較的柔らかい皮下脂肪に潜り込む。こんだけ身が引き締まってれば、間違っても身に入り込むことは不可能だろう。ということで、皮を剥いで刺身にしようと思う」


 エダさんの苦言もなんのその。平良さんは聞く耳すら持ってないようだ。

 そして、一番近くに居た俺へと普通に話し掛けた。


「食べきれませんよ」


「味噌がねえから煮つけは不可能でも、塩鯖にはできる。出来た端から勝利に預けておけば、出来立てをいつでも食えるだろ?

 俺は燃費が悪いから原則あの部屋を出られない。調理はあの原っぱで出来るようだが、あそこには先住民がいるからよ。相手が何であろうと住み分けは必要だ」


 ウィンの不思議空間の部屋住みが決定している平良さんだが、原っぱに棲むクロLRとアイボリーとも住み分けが必要だと言いたいらしい。

 今のところ、平良さんが俺を除く他者に触れられるのは、あの部屋に限定されている。あの草原に遅延効果が及んでいないことを示唆してもいた。

 ウィンのペットのような二匹を、偶発的にでも傷付けたり、喰らってしまうことがにようにとの配慮なのだろう。


「木だと喰っちまうから、まな板になりそうな石板は持ってきた。剣は三枚おろしに使うだけだから平気でも、鉈はどうしても石板に当たっちまう。あとで研ぎ直しておけよ」


 落とした頭部や腹を引き裂いて引きずり出した内臓は、もうそこにはない。籠手の外された左手から延びる黒い帯状の触手が瞬く間に喰らい尽くした。

 無駄がない。俺には効果が無いとはいえど、空恐ろしいものがある。


 改めて左腕に籠手を嵌め、ロワン爺さん自慢の剣を持つと今度は鯖タイプが三枚におろされる。その手付きを見るに、随分と慣れている模様。

 三枚におろされた内、中骨のある一枚は新たに籠手を外された右手から延びた触手に呑まれた。

 皮引きをどうするのかと思えば、籠手の外された右手で軽く表面を撫でただけで、鯖タイプの皮は綺麗に消え失せた。

 一本を捌くのに、ここまで五分も掛かっていない。早業だ。


「勝利、皿を用意しろ。魚醤を注ぐ醤油皿も、な」


「はい。ウィン、大皿と人数分の小皿。ジルバは……サラダボウルにしよう。俺の箸は結界だからいいとして、鉄箸が一本とフォークを二本」


「ァーィ」


 平良さんは素手なら鉄箸が遣えるだろうけど、籠手を嵌めたらさずがに箸は厳しいだろう。一応、箸も用意しつつ、フォークをエダさんの分と合わせて二本用意しておく。

 ジルバと正吾さんも一人分として数えることは吝かではないが、カトラリーは必要ないだろう。


「おい、勝利。あさりの上にも炭を載せておけ。俺やジルバは平気でも、勝利とエダに生焼けは無理だろ?」


「あ、はい。すぐやります」


 ジルバとそう変わらない大きさのあさりは、薪が炭に変じると同時にその重みで薪のタワーを圧し潰していた。いい感じに貝を取り巻くように炭となった薪が熱を放っている。

 そこに新たな薪をくべつつ、約半数の炭を貝を上へと移動させた。

 平良さんが用意した全ての魚を捌き終えるまでに、あさりタイプが蒸しあがるとは思えない。塩鯖が焼き上がるまでには何とかなりそうかも?

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