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第三百六十六話

 暗がりの中でのぱっと見は一般的な町工場といった風情。

 中に踏み込んでもその雰囲気はそう変わらない。

 何に使われるのか見当も付かない金属片などが所狭しと適当に積み上げられている。そして適当に積み上げられているとなれば、当然のように崩れた小山が幾つかみられる。


「これはまた、ゴミともガラクタとも判別できないものが増えたなぁ」


『失敗作を解体しては溜め込むからな。そら増える一方だ』


 この作業場の主が聞けば、それはゴミでもガラクタでもないと憤慨することだろう。

 俺もそうだったから分かる。

 俺にとっては宝物でも母親から見ればゴミにしか見えないものは掃除の度に捨てられ、毎度ゴミ袋の中を捜索しなければならなかったり、と。

 結局、興味のない者にとってはゴミにしか見えないという事実を。


「ですが、これはもう散らかっているという次元ではないでしょう」


『そうだろうな。今やゴミ屋敷の主と言ったところだ』


 だが、今回の残念ながら、正吾さんたちも俺も母親側の目線である。

 部外者である俺はまだしも、郷の関係者であるはずの正吾さんと平良さんの意見は覆りそうにない。


「見つけた! あそこ」


 正吾さん、ではない。声音は同じでも口調が違うので、ジルバの主張だろう。

 ジルバの示す先にはガラクタの小山の頂上に仰向けに眠る女性の姿があった。

 その女性はリスラよりも若干身長がありそうな様子なのだが……腹を出した状態でぐーすかと寝息を立てていた。 


「金属ゴミの上でよく眠れる。これはこれで感心してしまうよ」


『俺みてぇに常時マクシミリアンを着込んでいるわけでもねえのに、ガラクタの角が突き刺さったりしねえのか?

 勝利、起きて騒がれると面倒だ。そのままこっちに放り込んでくれ。それと紙とペンはあるか?』


「紙は倉庫の、俺の鞄の中にあると思いますけど、ペンは無いです。鉛筆代わりの炭の欠片ならありますけど……」


『倉庫の鞄の中だな? ペンはその辺に机があるはずだから拾ってきてくれ」


 拾ってきてくれ、とは俺もまた部屋に来いということだろうか?

 まあいいや。まずはやることをやってしまおう。 


「ウィン。あの人を」


「ァィ」


 俺が全ても言わずともウィンは理解してくれる。

 そも、平良さんの声が聴こえているのだから当然ではあるのだが。


「作業台はあったが、特に酒臭いな」


「本当ですね」


 ガラクタの小山の影に横長の大きなテーブルがあり、その周囲だけやたらとブランデーに似た芳醇な香りに満ちていた。


『勝利、横にある樽がそうだ。それも持ってこい』


「これですか? すげぇアルコール度数が高そうな感じだけど、仄かに葡萄っぽい香りもする」


 酒樽もウィンにお願いして、女性と一緒に部屋へと送る。

 テーブルの上に鎮座していた透明な液体入りのグラスを無視して、同じくテーブルの上に転がっていた棒状のものとインク壺らしきものを入手した。たぶんだけど、これが平良さんの言うペンなのだろう。


「正吾さん、ペンはこれで合ってますか?」


「あぁ、それだ。では、私たちも今一度中に入ろう」



 明るい所で観察すると、この女性の美人度は跳ね上がる。

 人の気配で覚醒されても困るのでウィンの触手以外は近寄ってすらおらず、髪色や細かな容姿などは暗視の魔術の掛かった右目を通してでは大まかなにしか判断できなかった。

 とはいえ、美人であることは認めても俺の好みとは合致しない。

 俺の好みはズバリ! ミラさんので。


「エダ、起きなさい。エダ!」


「酒かっ喰らって腹掻きながら寝るなんて、まるでオッサンだな。これは俺の責任じゃねえ。こいつにはこういう素養があったんだ」


 声は正吾さんのものだが、割り箸みたいな細腕で女性の顔をぺちぺちしているのはジルバかもしれない。

 それを横目で観つつ、誰にでもなく言い訳を重ねる平良さん。

 俺は何をするでもなく、いつもの椅子に座り、ウィンを抱っこしている。

 要は、やることがないのだ。


「………………ぅぅん、もうウルサイにゃぁぁ」


「こら、エダ。二度寝するんじゃない!」


「…………もぅ、なぁにぃ? えっ、銀の王竜!?」


「やっと起きましたね。平良さん!」


「エダ。早速だが、お前には俺たちに協力してもらう」


 早速過ぎる!

 さすがに目覚めてすぐに、その話題は不可能だろう?


「あぁそういうこと。寄って集って、あーしを手籠めにする気なのね?」


「あ゛? ふざけたこと抜かしてると喰っちまうぞ?」


「性的に?」


「食事的に!」


 妙な掛け合いが起きていた。

 俺の目には、このエダという女性も平良さんも、互いにふざけ合っているようにしか見えない。ただ、平良さんは俺と最初に会った時のように、籠手を外そうとしていた。


「エダ、平良さんは気が短い。早く目を覚ましなさい。

 それと勝利くん。君とウィンの補助があれば平気なのだろうけど、ジルバも含めた君以外の者は平良さんたちエインヘリヤルの素肌には触れられない。素肌に触れれば、忽ちエネルギー源として喰われてしまう。それを防ぐために、平良さんは常時鎧を纏っている」


「……」


 少し前、平良さんと出会った時に、俺は平良さんの素手を握って体を起こすのを手助けしている。その後に正吾さんが訳の分からないことを言っていたのを覚えている。

 仮に喰われてもすぐに再生乃至は還元するとかなんとか……の意味は、そういうことか! 平良さんにも、人間ではないと疑われた理由はそこにあったのか!

 しかも、賭けに勝ったとかなんとか言っていたような気もしないでもない。

 正吾さんはちょっと面倒臭い性格をしているだけで、根は常識的な人かと思っていたのに裏切られた気持ちだ。


「俺には睦美という妻がいる。あまりふざけたこと抜かしてると、この酒は禁止にするしかないな」


「なあぁぁぁぁぁぁ、あーしのお酒ぇぇぇ!」


「なんだ、この酒樽? マイ酒樽か? ソロノス語で『愛しのダーリン』て書いてあるぞ。今や曾孫までいるナンナや息子がいるというデアリスが羨ましくなったか?

 さっきの戯言もその一環だろ? まぁ、俺たちとは血が交わらないから無意味だけどなぁ」


「……………………ゆ、夢じゃなかったのぉ? ちょい待ち! デアちゃんにまで子供がいるって本当に? あのデアちゃんだよ?」


「俺はよく知らねえが、正吾が見てきたそうだ。そうだな?」


「それなりに似ているし、息子本人が母親をデアリスだと証言している」


「ショーゴ!? ちっちゃくなってる?」


「理由があって、転生術満了まで休眠してはいられなかったんだ」


 女性はひとりしかいないのに姦しい。ひとり三役ではないが、それだけの大音量で騒ぎ立てている。

 だが、そんなことは些細なものだ。

 今まではジルバの身体が邪魔で視えていなかった眼が見える。

 その眼が、ライアンが正体を現した時と同様なのだ。

 白目が黒く染まり、瞳が金色に輝いている。


「あの眼」


「彼女はソロノス先遣隊の五世代目となる。外の世界を見たいという願いを持った三人の家出娘のひとり。その我儘を聞き入れ、私がこの郷へと誘った過去がある」


 地球人と王竜が協力してソロノス人と戦った歴史があると、俺は正吾さん本人から聞いている。

 正吾さんは戦争そのものには加担していないそうだが、平良さんはそうじゃないはずだ。中央に踏み入って破壊工作をしたとも聞いているからな。


「戦争をした相手ではないのですか?」


「地球人と王竜の敵は、この大規模な宇宙船で地上に堕ちてきたソロノス人たちだ。先遣隊はそれ以前にこの惑星へと降下しているから事情が異なる。怒りや憎しみを向ける相手ではない。そこを履き違えてしまうほど、私たちは人間を辞めてはいない。

 それに先遣隊も唐突に連絡が途絶し、援助を打ち切られたことで母艦への怒りを募らせていたという事情もある。現状もソロノス先遣隊とは消極的な同盟関係を築いている関係にある」


 かつて戦争をしていた相手と同じ民族だというのに、自分たちが住む郷に受け入れてすらいる。

 それを言うなら、過去の地球の戦争でも同じことが言えるのだけど。それは俺たちが戦争を知る世代でないことが大きく関係していると、俺は思う。

 でも、正吾さんは別としても平良さんは、その戦争そのものに関わっている。

 だというのに、エダさんをこうして受け入れていることを俺は不思議に感じる。


「……本当に?」


「勝利くんの懸念は尤もだ。私もそれを恐れる。だから郷の渉外担当員として、彼女らソロノス先遣隊の住処を知り得るのは私のみと限定している」


 ……あるんだ。ほぼ、八つ当たりに等しい感情の発露が。

 懸念しているからこそ、正吾さんは自分だけしか知らないように秘匿しているのだと言った。

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