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第三百五十九話

 赤く燃える太陽が大地を焼きながら沈もうとしていた。

 その機に乗じ、山麓の若干手前から一気に高度を稼ぐように上昇を開始。


「この山、どれくらいの高さなんですか?」


「五千メートル級といったところじゃないかな。測ったわけではないけど」


「富士山より高いと!? 森林限界はどうなってるんです?」


 地球基準で考えれば、これだけ高い山の山頂付近に樹木が生えていることはおかしい。マンイーターが高地適正を得ているかも疑問だが、樹木が生えているよりかは幾分マシではあるだろう。


「植物は動物に比べると、エーテルへの耐性が高いんだよ。死滅することが少ない分、変異して環境適応能力を身に付けた種が多いらしい。動物や人に関しても、最初に環境適応能力が芽生え、その後に種族特性が身に付くという説が有力だね。ソロノス系人類の先遣隊、それぞれ三隊が別々の変異を遂げていることは良い例と言えるだろうね」


「エーテルって、何なんですか?」


「ソロノス人たちも先遣隊を送り込んだ後、史上初めて観測した未知の物質であると言う。この惑星独自の物質で浸食性はそう高くないものの、いずれ死に至るか変異という名の進化が強制的に促される。そういった作用のある謎物質。私たち地球人の生き残りの一部では素粒子の類ではないか? と目されていても、正確に観測するための機材がないという理由から、結局のところ何もわかっていないに等しい。

 ――っと無駄話はここまでにしよう。ここから先は物音も出来るだけ抑えるように、ほら蔓が私たちを捉えようと延びてきているよ!」


 下方に目を向ければ、木々に巻き付きながらも上へ上へと蔓が延びてきている。

 まるで影が俺たちを捕まえようと、追い縋って来ているかのようだ。


「マンイーターは多年草だけど寿命がそう長くはないから、常に若い個体が一定数存在している。地上を往けば、あれに絡まれていたことだろうさ。

 ウィン、峰を越えたら一気に下降する。進路はとりあえずそのまま、あとは指示通りに」


「ァィ」


 夕暮れ時は逢魔が時。

 俺の目はあくまでも地球人基準の眼でしかなく、この時間帯はほぼ目視に自信はない。よって、頼るべきはウィンの感知になるのだが……飛行速度の問題もあって探知可能な距離は著しく狭くなる。

 それもジルバの視界と正吾さんの感知を含めれば問題すらないのだろうが、何も視えないという事実は、ただ単に飛行しているだけよりも遥かに恐ろしい。


「あの、正吾さん。何も視えないのは怖いんですけど……」


「仕方ないな。ナノマシンのメニューが投影される左目は閉じて、右目だけを開けていられるかい? 少し熱いだろうけど、眼球が蒸発するようなことはないから大丈夫」


「眼球が蒸発!?」


「仮にダメージがあっても、勝利くんなら再生するでしょう?」


 くつくつと笑うのは正吾さんか、それともジルバか?

 眼球が蒸発するとか、全く笑い事で済まないんですけど!


「どちらにしろ、一瞬だから! いくよ」


 刹那の間だけ振り向いたジルバの口元には精緻な魔法陣が浮かんでいた。

 細く絞ったドラゴンブレスが吐き出されれば、魔法陣が瞬くように光る。

 吐き出されたブレスの勢いは止まらず、俺の右目を直撃した!


「あっつぅ!」


 熱いけど、火傷を負ったようなヒリヒリとした感じはない。


「暗視の魔術。勝利くんなら見ても平気だろうけど、原理はスターライトスコープ準拠だから太陽とか強い光を見ちゃダメだよ」


 その何かにつけて、俺なら大丈夫という枕詞のような言い回しは止めて戴きたい! そりゃ、何らかの傷を負っても今の俺なら即座に再生してしまうのだろうけれども。


 左右どちらでもウインクできるという、大して役に立たない俺の特技が活きる。

 暗視の魔術を施された右目のみを開き、進行方向のやや下方面に目をやる。

 見える景色は、色が完全に抜け落ちたかのような灰色っぽい空と、黒い縁取りで描かれた樹木、黒い線そのもののようなマンイーターの蔓。

 試しに西に沈みゆく太陽は見ません! フリじゃないんだから。

 治るかもしれなくとも、痛いのは嫌なんです!


 そんなことを考えている間に、俺の体は順調に峰を越えていたようだ。


 そして、急降下。


「ちょっっっっ、角度がヤバい!」


 垂直、九十度とはいかずとも八十度はある。絶対七十度以上あるからな!

 もはや飛んでいるというよりも、落ちているという表現が正しい。そのくらいの角度だった。

 姿勢が保たれているから平気と言われるかもしれないが、これは景色が見えるからこそ怖い! かといって、目を瞑るともっと怖いような気がして、閉じることも出来ない。


「(静かに、目的地に到着するよ!)」


「……」


 一気に落ちてきたとはいえ、座布団に座ったままの姿勢で静かに着地した。

 ウィンの飛行制御はもう完璧だろう。俺は終始怖がっていただけで、ちっとも役には立っていないけどな。


 俺の正面には石造り? いや、やたら綺麗な石で組み立てられたレンガ造りのような建物の前か裏だった。

 振り返れば、広葉樹らしき背の低い木々とマンイーターらしき蔓草が生い茂る林か森。だが、ここのマンイーターは俺に向けて蔓を延ばしてくるようなことはないようだ。


「(平良さんはこの中に幽閉されている。ウィンは先に私を、上の格子が嵌った窓から中に侵入させてほしい。座標の確認を終えたら勝利くんも中に送ってほしい)」


「ハィ」


 建物の上の方に、鉄格子の嵌ったコンクリートブロック一個分の大きさ程しかない窓があった。正吾さんはそこからウィンの触手を介して侵入するようだ。

 ただ、聞き間違いでなければ、平良さんという人物は幽閉されていることになる。

 正吾さんからは平良さんとやらがどのような人物であるのか、詳しく聞いていない。幽閉されているような人物は危険人物なのではあるまいか?


 ウィンは左触手を格子窓の先に延ばすと、右触手をジルバが入りやすい大きさへと開いた。

 ウィンがシギュルーの突撃を躱す際によく利用する手段の一つ、ショートカット。不思議空間にある部屋を介さず、片方の触手からもう一方の触手の先へ送り込む手段だ。

 今回はそのついでに、建物内部の座標把握に努めている。


「(次は俺か?)」


「ァィ」


 流石に俺はショートカットは利用できない。これでも本体だからな。

 あまり役に立たない本体だが……。

 毎度の如く、一度呑み込まれてグラーフさんらが居る部屋の手前に出た。

 今回に限って言えば移動だけなので、部屋に入る必要はない。ないのだが、ウィンの義体は部屋の中なのだ。

 

 トトトトトトトトッと床を駆ける音が近付いてきて、バタンと木製の扉が開いた。


「座標切り替えは? って、お前、肩が生えてきてるじゃないか!」


「ァィ!」


 今までは、束ねられた菜っ葉の上にちょこんと見覚えのある容貌の頭が乗っていただけだったが、今は首と肩の部分が加わっていた。まだ腕はないようだけど、いずれ人体が生えてきても不思議ではない。

 まさか、人型になるつもりか?

 俺がウィンの触手の動かし方を学ぶより先に、ウィンは人体の動かし方を把握するかもしれない。それは、そう、ジルバと正吾さんの関係のように。

 いや、もしそうなれば……使えない本体の俺はお払い箱になったりはしない、よな?

 ウィンはそんなことする子じゃない。

 だが、確実に焦りは生まれた。


 ウィンの頭を一撫でして、つい先程入って来たばかりの扉を潜った。

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