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第三百五十七話

 重力に関する話を聞いた後、俺たちは一旦地上へと降りた。

 空中では飛行していることもあり、有無を言わさない恐怖と風圧で正吾さんの話を聞くのも命懸けだ。

 そういった事情があり、少しだけ休憩をとることを提案した。ついでに、早めの昼食も済ませてしまいたい。


 今日の昼食は俺自身がこっそりと、今ではミラさんの執務室となっているパン焼き小屋で焼いたパンを主食としている。

 タロシェルやサリアちゃんに弁当を頼むと出掛けることがバレてしまうための措置だ。パン焼きの際に煙や熱が煙突から漏れるので、どこまで隠し通せているかは疑問だが、開拓団員は皆が復旧に忙しいので恐らくはバレていないものと思われる。

 そもそも数日は飛行訓練という予定だった。結果的にぶっつけ本番となってしまったけど、持ち出せたパンには限りがある。

 最低でも今日明日中に何とかしないと、再び食うに困ることになるぞ。


 降下したのはウェンデル河の手前。但し、拠点から真っ直ぐ北上した湿地と化している場所ではなく、大幅に東寄りである。この辺りは河が蛇行していないので、氾濫した形跡はない。

 なので、涼し気な河辺に戦車を出し、後部ハッチを開いた状態での昼食となった。

 

「この戦車ごと飛ぶことは出来ませんかね?」


「マナの消費が増すのは避けられないよ。ガス欠に陥り、郷に侵入できませんでした。では何のために出てきたのか分からなくなる。それに、この箱は地上を走行する目的で作られているだろう? 車輪の付いている床部分を基点に組み立てられているから、下手すると空中分解して床が抜けるんじゃないかな」


 戦車をまじまじと見る。

 確かに車輪が付いている床部分とその下にあるフレーム部分。ここが要であり、更には最も重量のある部分だ。

 ただ、遺跡探索に向かった際には俺だけでなく、師匠とライアンにアグニの爺さんが乗り込んでも床が抜けるようなことはなかった。特に、河と湿地帯を越える際はウィンが触手を伸ばして、戦車は中空に位置していたことを思えば、大丈夫なのではないかとも思える。


「強度的には大丈夫だと思うんですけど」


「平良さんを回収した後は地上を駆けて戻ることになる。夜間、視界が極端に狭まる状態で飛行するのは危険だ。その時にこの箱がないと困るのは、勝利くんだよ? ジルバは夜目が利くし、私も感知には自信がある。だから夜間飛行は何も問題ないからサポートはするけど、夜は怖いよ?」


 敢えて、恐怖を煽るような言い回しは卑怯だ。

 だが、考えてみれば道理ではあった。

 昼間、地上が見えていても怖いのだ。街灯など一切ない真っ暗闇を飛ぶとなれば、底なし沼を覗き込むようなものだろう。

 まして、そこに容赦なく風圧が襲い掛かり、下手をすれば何かしらの魔物に襲われる危険性も孕む。正吾さんやジルバも守ってはくれるだろうけど、ウィンは飛行に専念する必要もあって、俺の身は危険極まりない。

 根拠なく何とかなるとは思うものの、何ともならなかった場合を見越せば戦車が壊れかねない事態は先んじて防ぐべきだろう。

 無事に拠点に帰れたら、また戦車を改造しよう。今度は流線型を目指して、飛行にも使えるように!


「わかりました。今回は諦めます」


「飛行そのものに関して、ウィンは随分と慣れたようで何より。地上にいる間に、注意しなければならない点を幾つか教えておこう。勝利くんもウィン任せにはせず、きちんと覚えておくように」


「はい」


「ァィ」


 ジルバに俺の焼いたパンとウィンが取り出した塊肉を与えながら、正吾さんの話に耳を傾ける。改めての注意となれば、それなりに重要なことなのだろう。


「重力に関することは先刻話したからいいとして、今度は高度に関することだけど。今日は雲があるから分かり易いと思うよ」


 正吾さんに促されるように、俺は顔を少しあげた。

 視線の先には疎らだが、雲が幾つかの塊で存在していた。


「まず、ひとつめ。

 低層雲、地上に最も近い薄い雲。中層雲は、その上にある雲。高層雲は、更にその上にあるものとする。高層雲の辺りまで上昇すると酸素濃度とエーテル濃度が薄らぐ、効率よく取り込まなないと酸欠でブラックアウトするだけでなく、エーテル不足で墜落することになる。だから、勝利くんとウィンが私の補助なしで飛行するならば、高度は中層雲の辺りまでが限界と考えてた方がいい。

 エーテルは重力の影響を大幅に受けている。地上、海抜零メートル付近が最も濃度が高い。海中にはエーテルがそこそこ飽和しているのだけど、やはり海面付近が最も濃度が高くなっている。尤も、エーテルがどこから発生しているのか、未だに分かってはいないけどね」


「確かに分かり易くはあるんですけど、すっごく抽象的なのでは? もっときっちりとした判断基準が欲しいです。雲が無い日はどうしようもありませんし」

 

「地表との距離を目視で測ることと慣れが必要なのだけど、一番分かり易いのはアレだな」


 河へと向けて開くハッチバックの縁で、正吾さんは割り箸みたいな腕を伸ばすと、これまた爪楊枝みたいな指先で指し示す。


「あの最も高い峰。山頂付近が高層雲の下限と見做して構わない。そして高度に関する問題は、もうひとつ重大なものが存在する。

 夜間に限らず日中でも月が見える場所では、中層雲以上の高度をとってはならない」


「月って、どっちのですか?」


「どっちも何も月はひとつしかないだろう?」


「えっ?」


「ん? どういうことだ?」


 遠月と近月。

 この惑星には月が二つあると、俺は師匠たちから教えられている。

 幸いにも今日は日中でも近月が鮮明に見えている。遠月は言うまでも無く。

 なので、二つの月を順に指差して、正吾さんに確認する。


「あれは遥か彼方にある恒星だよ。この惑星はあの恒星が発する熱の放射圏内になくて、光だけが届いているそうだよ」


「……じゃあ、太陽が二つあるってことですか?」


「そういうことなのだけど…………あぁ、そうか! 勝利くんはサンプルたちと行動していたから仕方がない。アーグナも私と遭うまでは正体を隠していたようだしね。

 科学技術が絡むことと古い歴史の話に於いて、サンプルたちが話す内容は話半分以下で聞いておくことだ。大半は強引なこじつけによる捏造で、それ以外はエルブノアの先遣隊が吹聴したデマだよ。文明レベルを客観視できれば、勝利くんにも理解できるだろうに。逆に、近年のサンプル国家に関する政治情勢などは信頼に値するだろうけど、情報伝達速度が緩やかだから、それも最新のものとして考えるべきではない」


「あぁ~」


 そうだった。

 師匠もミラさんも、惑星や衛星という概念すら知らなかったのだった。

 正吾さんの言うように、文明レベルを観れば判る話だった。半端に高度な知識が混じっているだけで、基準となる文明レベルは確かに低いと推測できる。

 俺の拙い歴史感覚でも、地球で言うところの中世にまで至っているようには到底思えない。

 

「いいかい、続けるよ? あれは恒星だから月はあれひとつ。あれが見えている時は中層雲近辺でも出来るだけ低い高度を保つように心掛けてほしい。でないと、狙撃される」


「は? 狙撃? 一体、どこから?」


 いきなり、とんでもなく物騒な話に変わった。


「月とこの惑星の宙域に、エルブノアの宇宙船が今も存在している。そこからの狙撃というか、砲撃だね。一応、この惑星の大気と距離で幾らか減衰しているようではあるのだが、それでも結構な威力がある。王竜の成体でも、直撃を受けると撃墜は免れ得ない。理由は砲撃が光学兵器であるということも、その一因と言えるだろう」

 

「……光学兵器」


「同盟関係者の供述によれば、『太陽光収束レーザー』と呼ぶようだ」


 俺はウィンの『びぃむ』を一時期光学兵器の類と錯覚していたけど、あれは純粋なマナの塊だった。マナがエーテルに還元されるために射程距離が存在するし、贄とする血液が不足すれば、弾切れにもなる。

 だが、太陽光を集めて打ち出すレーザー兵器なら弾切れもない?

 光そのものだから距離や大気圏での減衰も少ない?


「やっぱり、飛ぶのやめませんか?」


「でもねぇ、私たちの郷には空からしか入れないんだよ。今回限りだ。我慢して欲しいね」


 今回限り! とか言いながらも、絶対に今回限りで済まされるような気がしない。

 飛行に関する緻密な制御はウィンが担うから信頼してはいるけど、上から狙い撃たれるとなれば話は変わる。


「ウィン! 出来るだけ低く飛ぼう」


「ァィ」


「ところがどっこい! 郷は、あの連峰を越えた先の谷間にある。最低でもあれだけの高度が必要で、更に郷の周囲の森にはマンイーターが蔓延っている。食われないためにも、もう少し高度を確保しなければならないよ」


「…………帰りたい」


 俺の安全を図るために平良さんという人物の確保が急がれた。

 そのためには地球人が暮らす集落に、空から潜入しなければならない。

 だが、高度を取り過ぎれば、上空から狙い撃たれるという始末。

 本当に、どうしてこんな目に!

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