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第三百五十六話

 昨日に引き続き、ライアンは怪我人の治療へ、ミジェナは宿のお手伝いへと赴いた。グゥとブゥの姿はいつの間にかなく、女王蜂とその親衛隊だけが取り残された養蜂倉庫内。

 俺はこのタイミングを逃すことなく、ウィンの触手に取り込んでもらい、近頃毎日のように訪れている部屋へと至る。まあ今回は、すぐに出ていくわけだが。


 ウィン曰く、グラーフさんの通訳に依れば――

 

 俺がこの不思議空間・ウィンの創り出した亜空間に留まっていると外部、この場合は墜落したソロノス人の宇宙船が支えていた大地の座標指定が困難となるらしい。

 但し、俺を取り込んだ座標から八十八メートル以内であれば、その限りではないと言う。また、八十八という中途半端な数字はソロノス元来の単位の影響によるものである。

 八十八メートル以上の距離となると左右だけなく、上下にも座標がズレることが頻発するらしい。

 その事実を耳にした正吾さんとジルバは、しばらくの間硬直していた。

 そう、左右だけであれば大したことはない。上であれば、空中だから飛べるジルバに隙はない。だが、下にズレると地中となる。

 ウィンの扉であれば触手内部へ開く扉なてめ、仮に地中であっても精々土が扉から入って来る程度で済むのだが、正吾さんとジルバが亜空間から弾き出された事態では扉は存在していなかったという。

 要するに、だ。下手をすれば地中に現出して、窒息死していた可能性が示されたということなのだ。


 そんな、あったかもしれない不幸な話は一旦横へ置く。


 俺の不在を徹底的に隠匿すべく、北門及び南門からの外出する際に門番の眼に触れることは避けたい。報告があれば、一発でバレるからだ。

 ただ、ジルバの起こした事故の影響は多大で、未だ開拓拠点は混乱の渦中にある。この状況をこれ幸いと利用し、事情を知る者以外の誰にも勘付かれることなく、正吾さんの言う郷へ行って帰って来る。

 そして何食わぬ顔で、拠点内の生活に戻る算段を企てた。この方法が最も波風を立てない方法だと、アグニの爺さんの同意も得ている。

 かなり杜撰な計画だが、アグニの爺さんとミモザさんのフォローに期待したい。


 というわけで、俺たちは拠点東の草原へ降り立った。

 拠点の外壁から約五十メートルほど離れた場所になる。

 扉から出て、すぐに身を屈めて草むらに紛れている。このまま、更に東へと進みながら拠点との距離をとった。

 そして正吾さん監督の元、飛行訓練を始めたのだが……。


「ンンンンンンン?」


 ウィンの悩む声が聴こえる。

 飛べなかった。俺の体は浮き上がりすらしなかった。

 その理由は――


「やはり重いか」


 正吾さんの呟きが、最もたる答えであった。

 ウィンが不思議空間の野原で飛び回っていたのは知っている。が、それはウィンの義体がすこぶる軽かったからであって、俺の体は鳥やジルバのように飛ぶことを前提に構成されてはおらず、重量がある。


「高校に入学してすぐにあった身体測定では六十四キロだったと記憶しているんですけど、こっちに来てから自分でもはっきりと判るほど、全身の筋肉が増えているんですよ。ウィンが俺に寄生したという理由だけにしては、異常な筋肉の発達だと思うんです」


 ウィンが俺に寄生した時点では、まだ俺とウィンそのものが融合していたわけではない。だから、過剰な影響を受けているとも思えなかった。

 だが、日々の筋トレと労働でこれだけの筋肉が培われたというのも、まだ疑問を覚えてしまう。

 俺が元々筋肉も贅肉も付きにくい体質で細身だったことも踏まえると、不思議でしかなかった。


「……あぁ~、うん。その件は、地球人ではないアーグナでは気付きもしないから、助言が無かったのは仕方がないとしか言いようがない。

 勝利くん。こっちに来た当初、何もない所で頻繁に転んだ経験はないかい?」


「いえ、最初の頃は一人残されて意気消沈していたもので気力が無かったと言いますか……引き摺られるように歩いたり、酒樽に入れられて転がされたり、そのまま運ばれたり、果てには酒樽の酒臭で酔っ払ったりしていたもので……よく覚えていません」


 鮮明に覚えている部分は皆が消えてしまった時と、想像以上に鋭かった剣で指を切り裂いた時と、師匠と初めて言葉を交わした時のことくらいだ。それ以外となると、かなり曖昧になる。

 

「この宇宙船が健在であった頃のデータによれば、この惑星の直径は地球の約一.六倍から一.七倍はあるという。直径でそれだから体積や表面積はそれ相応ということ。だというのに、一日の自転に要する時間は地球のそれとそう変わらず、二十六時間と少し。公転周期は四百日前後だという話だ。細かい数字は私が調べたわけではないのでうろ覚えだが。地球よりも大きいのに自転速度が速いということは遠心力が大きい。つまり、重力もまた大きいということになると、理系の誰だったかに聞いた記憶がある」


「じゃあ、俺の筋肉が増えたのは?」


「重力が大きく、肉体に係る負担を軽減させるために勝利くんの肉体が、筋肉が発達しなければならなかったのだろう。感覚で良い。どれくらい増量したか分かるかい?」


「倍とまでは言いませんけど、腕や太腿は一.五倍くらい。腹筋は憧れのシックスパックならぬ、エイトパックですよ!」


 脇腹とか、背筋も、肩と首の盛り上がりも凄い。あと、脹脛は足首に近い方と膝に近い方とで二つに分かれている。

 どう考えても、日本で暮らしていた頃の俺の肉体ではありえない筋肉が付いている。憧れはフェルニルさんみたいな逆三角形の上半身だが、気が付いたら細マッチョになっていたのも事実。


「重さを聞いたんだが……」


「あぁ、すみません。たぶん、十キロは増えているかと」


 少なくとも十キロは確実に増えている、と思う。

 正吾さんは俺の答えを聞いて、何かを考えている。


「どうするか…………恐らく、勝利くんのマナでは出力が不足するだろうな。ウィン、蓄えているマナを使おう。勝利くん、狩りでの血液の補充状況はどうだ?」


「ワイバーンの巣を潰して以降はめっきりと減っています。最近は狩りをしていませんし」


「訓練は中止だな。ぶっつけ本番でいくか。そうじゃないと、マナ不足で辿り着けなくなる恐れもある」


 え、マジで?

 訓練がないのは困る。心の準備をする暇がなくなる。

 あっても、たぶん覚悟は決まらないと思うけど。



 そして始まったのは、訓練抜きでの飛行そのもの。


「怖い怖い怖い怖い怖い!」


 俺の頭の上に正吾さんというかジルバが乗っている。

 ウィンは俺の肩甲骨の間から二本の黒い翼を生やし、何とか上空に舞い上がることが出来たのだが……すこぶる怖い!

 今は上空何メートルだろう? 目算で百メートルには届かないと思うのだが、俺は姿勢が安定しないため、途轍もない恐怖に襲われていた。

 

「そもそも、これどういう原理で飛んでいるです!?」


「基本はジェットエンジンと同じ。ただ吸い込んでいるのは空気ではなく、エーテルだ。大気中のエーテルを吸気して、マナと混ぜ合わせて射出。その勢いを利用して上昇・下降・水平飛行の推進力としている。勿論、翼にて揚力も発生しているよ」


「何でマナを混ぜて」


「勝利くんも魔術は使えるのだろう? マナに意思の力が働くことは常識さ」


 常識と言われても!

 肩越しに見える黒い翼の翼幕から噴き出る赤黒い閃光。何も見間違いじゃない。

 少しだけ色が薄いけど、あれは『びぃむ』だ!

 俺の背中が、今も危機に瀕している。だが、それ以上に姿勢がヤバい!

 

「ウィン、水平飛行は十分に出力調整に気を付けろ。ジルバみたいになるぞ」


「正吾さん! 障壁は?」


「ブレス袋内の分泌液はジルバも生物である以上は、蓄積量が決まっていてね。無駄には出来ないんだよ。必要になれば張るから、勝利くんが気にする必要はない。

 ウィン、出力を絞りすぎだ。墜落するぞ!」


 一応、浮いて飛んではいる。

 だが、俺の現在の姿勢は突っ立った状態。そしてその状態が前方から受ける風圧で、腰の部分がと足が流されてぶらぶらしている。

 このぶらぶらと安定しない状態が、すごく怖い。地に足が付いていないと安心できない!

 靴も編み上げブーツだから脱げていないだけで、短靴だったら落ちてどこにいったか分からなくなっているだろう。また、普段腰に吊り下げていたり、括り付けているものは全て『収納』している。紛失すると困るからな!

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