第三百五十三話
「で、だ。ウィンよ、アレを持ってきておくれ」
「ァィ」
俺への事情説明の間、膝の上で大人しくしていたウィンは正吾さんのお願いを聞くと、ちょこんと飛び降りて奥の扉へと走り出した。
トットットットっと短い脚の触手を器用に動かして走る姿に和む。
が、向かった先の扉はガラクタが集められた部屋だったと思う。あの、淀んだ虹色というか、暗色のオーロラのような壁に囲われた部屋だ。
「ァィ!」
「ありがとう」
ウィンが奥の部屋から持ってきた物。それは黒いワイバーンの生爪が刺さったまま外れなかったやたらと軽い金属でできた盾。フリグレーデンで師匠の交渉のお陰で、タダで入手したアレ。今は生爪は引き抜かれている。ウィンが外してくれたのだろう。
と、擂鉢状のワイバーンの巣内部でリスラを襲い、守った俺に狙いを変えた黒い帯状の触手を放った奇妙な人形の腕。地中からの『びぃむI』照射で、広げられた腕しか残らなかったヤツだ。
「まずは、これだけどね。これは金属ではなく、特殊な樹脂で電気信号を受けると透明になる。例えば、このように……………おや?」
正吾さんの、ジルバの口先に魔法陣が浮かび上がる。俺のドケチ魔術魔法円とは全く異なる魔法円内部も、魔法円外部の装飾も見事な魔法陣。
そこに、か細い炎のブレスが吐き出されれば、魔法陣を通過したところで炎からビリビリとしたスパークに変化した。
電気だ!
電気を起こせるのなら便利なものが作れる。碌な知識もないから簡単なものだけ、だけど。そうじゃなくて!
正吾さんによって通電された盾は透明に……一部変化が見られないが、とりあえず大部分はガラスのように透明になりはした。
透明にならなかった部分は爪が刺さっていた部分だけが、なぜか透明化していない。
「儂も知識だけなら持っておるがの、実物は初めて見るのぅ」
「何やら異物が混入しているようだが、この樹脂そのものが完成されたもので元来は宇宙船の大地、その天蓋を覆う障壁であったという話だ。そうだな、グラーフ?」
アーグナの爺さん? アグニの爺さんがまた妙なことを口走っているけど、そっとしておこう。今は正吾さんの言葉に耳を傾けたい。
「相違ない」
「大方、樹脂の特性を理解しないサンプルが余計な物を混ぜたのだろうね」
「恐らくは、の」
素っ気ないグラーフさんの同意に続き、正吾さんの疑問にはアグニの爺さんが曖昧に答えた。
ここまでお膳立てされれば、俺にも察しは付く。
フリグレーデンの新たな合金であるとの説明を受けていた。それは当然、この樹脂を金属と見誤ったフリグレーデンの鍛冶師たちによって、何らかの金属と混ぜられたことを示す事実だ。
そして、サンプルと呼ばれる者たちが、この一連の話からほぼ確定した。
「兎にも角にも、不時着の衝撃で天蓋が破損して大地に降り注ぎ。また、衝撃で巻き上げられた表層の大地と粉塵が、既存の施設やそれらを埋め尽くしたと聞く。地下から掘り出されれば、鉱石と間違えても致し方なし、か。これを、外の大地が宇宙船であったことの証明としよう」
「カツトシ殿の疑いはまだ晴れておらぬようじゃが……」
いや、別に疑っているわけではありませんよ?
正吾さんたちが俺に嘘を吐く理由が無い。それに、こんな大それた話をでっち上げ、複数人の辻褄を合わせる方が至難だろう。
だから、告げられた話は事実だと受け止めている。ただ、事実ではあるのだろうが、受け入れるに際して俺の脳が混乱しているだけだ。
「次にこれだ。勝利くんはこれをどこで手に入れた?」
「ショーゴ。それは一体、何だ?」
割り箸みたいなジルバの腕ではとても持ち上げられそうにない、これまた不思議な金属で出来た二本の腕。テーブルの上に置かれたそれ。
内部には幾本もの導線が走り、奥の方には何やら機械のようなものも視える。
グラーフさんが正吾さんに何やら問うているけど、正吾さんは無視した。
「これはワイバーンの巣の中心で、ワイバーンっていうのはそこの野原にいるヤツで……その、襲ってきた人形みたいなのを倒した時の残骸です」
「まさか、そのようなことが! カツトシ殿でなければ、とても無事では済まされなかったじゃろう」
「それで、本体がいて、なぜ腕だけ?」
「それは……黒い帯みたいな触手に襲われ、ジリ貧でどうしようもなく、地中から『びぃむ』で胴体を消し飛ばしたので」
当時を思い出すと冷や汗が、脂汗が止まらない。
よく俺、あんなのと対峙して倒せたものだと、俺に寄生している魔道生命体がウィンで良かったと本気で感謝したくなる。
あと『びぃむ』の特殊性に感謝しきりだ。
「黒い触手……ドール化している状態でよく倒せたものだ」
「ゴレムではなかったのじゃな?」
「いや、あの、ドールとかゴレムとか言われても、何を言われているのかさっぱり」
「ショーゴ! 何なのだと訊いている!」
俺にはあの人形の正体が何なのかなど、到底理解できていない。それはグラーフさんも同じようなのだが。
「貴様らの知識に無いとは、本当に記録でしかないのだな。
これは貴様ら、主にソロノス人が私の仲間や王竜との戦争末期に造り出した、生体兵器だよ。戦争末期に兵力の不足を補うため、当初はテモニアの脳を演算装置に据えていた自立兵器だったらしい。だが、出兵先で朽ちるテモニアの脳に代替に次に搭載する脳や予備の脳を確保しようと、二足若しくは四足生物の脳を現地で新たに取り込む機構が存在した。その形態をドールと呼ぶ。
資材不足により、脳の防腐処理機構を搭載できなかったゴレムは短期間しか稼働されることは不可能であったと聞く。現地生命体や貴様らの家畜、地球から鹵獲して野生化した動物などの脳を取り込んでは仲間や王竜との戦闘にあてたな」
「ほぅ、そのような兵器か。であるならば、二足歩行生物でも上腕にて飛行する生物を取り込んだが故の誤作動であるのだろうな」
「あっ、なるほど!」
ワイバーンは二足歩行生物なのか?
両腕が翼になっているから、人間のように腕で何かを掴んだりはできない。あくまで翼は飛ぶためにあるのだ。
間違ってワイバーンの脳を取り込んだドールだかゴレムは、両腕が使い物にならなかった、ということだ。
「ところで、テモニアというのは何ですか?」
「テモニアは勝利くんの周囲では二体。私は幼いテモニアを二体だけ見た覚えがある。彼らは私たちの雛型とも言える存在で、戦争中期に保護した者たちを南の現地大陸に移住させたはずなのだが……彼らにとっても忌まわしい土地に戻って来るとは長い時が過ぎたのだと実感するに余りある」
二体? 二人?
開拓団員の中で二人しかいない人種ということ?
うーん?
「儂が補完しようぞ。ソロノスが宇宙船の墜落以降、死滅し激減したソロノス人に代わる人材確保が急がれた。三個の先遣隊によってばら撒かれたサンプルが野生種を確保したのじゃが、従順でない上に労働力としても不足した。それを補うために、外科的改良や魂魄移譲が行われ、幾百、幾千、幾万の犠牲の上にテモニアという種族が誕生したというわけじゃ。
で、そのテモニアじゃが開拓団員内では獣人と呼ばれておる。ベガ、ガフィ、ガヌじゃの。ショーゴ様はベガとガヌの姿しか見ておらぬのじゃろうな」
え、えーと?
未知の単語が幾つかあるのだけど、ニュアンス的には理解できた、か?
少なくとも、ガヌたちが人工的に造られた種族であるということは分かったつもりだ。
あ、あと、正吾さんの仲間たちと王竜は、怒りから何もかも滅ぼし尽くしたのかと考えていたけど、テモニア・獣人を逃がすなどの行いもしていたことに驚きを隠せない。
だというのに、他のサンプルたちに関してはやたらと辛辣な部分がある、ような気がするのだが……。




