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第三百五十二話

「ハァ……」


 第一の不思議空間たる部屋の中に、溜息が木霊する。

 溜息を吐きたいのは俺の方なのだが、俺なんかよりも破壊された建物被害の報告を受けたミラさんの方が、もっとずっと溜息を吐きたいだろうにと思い留まる。

 

 あれから俺は養蜂倉庫に於ける屋根の応急修理や壁の塗り直しを終え、ミラさんの執務室へ赴くという態でこっそりアグニの爺さんとミモザさんをこの部屋へと誘った。

 その過程で、いつになくグイグイとリスラに迫られるという事態もあったが、何とか離脱することが出来た。

 ただ、リスラの手に見覚えのある小さな飾りの入ったガラス瓶が握られたいたことは、恐らく偶然ではないだろう。その瓶が、以前ミラさんが誤飲したライアン謹製の精力剤であるのだから……。十中八九、朝から続く一連の騒動の、その容疑者を秘匿した俺への、ライアンからの報復であることは明らかだった。


「ハァ……」


 だが、それらは今は横に置く。

 何度となく繰り返し吐き出されるのは溜息だけにあらず、突き出した口元の両端からは小さな炎も吐き出されている。

 ここは木材で形作られた部屋であるのだ。出来るならば、炎を吐き出すのは止めてもらいたい。

 そう、溜息を吐き続けている者の正体は、正吾さんとジルバであった。


「貴様らにデリカシーというものを求めるのは間違っていると、日本人の心情など理解出来ぬと判ってはいたが……私の留守中に開示するべき情報ではないだろう?」


 正吾さんとジルバが戻った際に起こした事件を不問にして、俺はアグニの爺さんとグラーフさんから伝えられたことの真偽を正吾さんに尋ねた。その問いに対し、正吾さんは溜息と火焔を吐きながら、俺宛ではない言葉を放った。


「我らは求めに応じ、そこのデュランが写身の言葉を補完したにすぎぬ」


「アーグナ。君ならば、私たちに近い考え方が出来るという思いは、私の買い被りであったようだな」


「……」


 正吾さんに矛を向けられているのは、グラーフさんたちではない。じっと黙り込んだまま、全く口を開こうとしないアグニの爺さんに向けてだ。


「私はね。勝利くんに現状の全てを見せ、余計な先入観を与えることなく、彼に判断を委ねるつもりでいた。勿論、睦美さんに対する抑止力として平良さんを味方に付けた上でのことだが……移動手段を上手い具合にウィンが確保していることから、行動を起こすのも僅かな時間の問題でしかなかったのだよ」


「……」


「それを核心だけを述べることで、勝利くんに大きな勘違いを植え付けるなど言語道断だ。そうは思わないかね?」


「………………全く以てその通りで、誠に申し訳ない」


 正吾さんは怒っていた。その言葉はやけに刺々しい。

 正吾さんが行方不明になって、いつ帰るかも判らなかったのだから仕方がないとも言えない。事情を理解していない俺には容易に口を挟めない状況にあった。


「その謝罪は受け入れよう。ただ、勝利くんが誤解を抱いたままというのはいただけない」


 先程から語る正吾さんの、俺が抱いている誤解。

 俺自身には、その意味が全く理解出来ていない。何に対する誤解なのか、さっぱりだ。


「勝利くんが今抱いている、自分がこの惑星にとって異物であるというのは誤解でしかない。君と同郷である私たち地球人は当然のことだが、こいつらも、そしてアーグナと、そこの娘もひっくるめて、この惑星にとっては異物であると断言する」


「え? ちょっと意味がわからないのですが……」


 ちょっとどころの騒ぎではない。全く以て意味がわからない。


「勝利くんの周囲で異物でない存在は子供たちと、あの部屋の先に広がる野原に棲む現地生命体くらいなものだ」


「子供たち?」


 子供たちと言えば、ミジェナを筆頭に、タロシェルとサリアちゃん、ガヌのことか? だが、ガヌには血の繋がりのあるベガさんがいて、話の辻褄が合わない。

 どういうこと?


「カツトシ殿。ショーゴ様の仰る子供たちとは、ゴブリン族のことじゃよ」


「そう、彼らこそが睦美さんの子供たち。この惑星由来の人類は彼らのことを指す。地球人に似た容姿を持つ人類は皆、異物と思って間違いはない。だから、君が気に病む必要はどこにもない」


「…………でも、古代遺跡とかは?」


 自分でも何を言っているのか、よくわかっていない。ただ、正吾さんが居たような施設を、ゴブリン族が作ったようには思えなかった。

 技術的に考えても、日本のそれよりも遥かに高い技術が用いられている。と、俺にはそう思えたのだ。


「それは簡単だ。勝利くんが日常暮らしている、外の大地もまたこの惑星由来のものではないからだよ。サンプルたちが大陸と呼称してはいるが、どちらかと言えば島に近い」


「島?」


「真実は見せてからの方が良いと私はそう考えていたので黙っていたが、直接目にするにも深海へ至る必要がある。困難を極めるのも事実ではあろうが、ウィンならば不可能ではないとの目論見もあった。だがまあ、告げてしまっても問題はあるまい。

 あの大地は言わば、宇宙船が内包していた大地だ。最深部の宇宙船部分は海溝に挟まった状態にある」


「………………………………はぁぁ?」


「勝利くんが言っている古代遺跡とは宇宙船時代の遺物であったり、墜落後に生き残ったソロノス人が建造した施設のことだ」


 ファンタジーかと思ったら、とんだSFじゃねえか!


「ええっ? でも、大陸みたいな大きさですよね?」


「過去のデータから想定するに、オーストラリア大陸に匹敵する規模ではあるかな。ソロノス人はそれだけの技術を有していた、ということだよ」


「でも、滅んだと?」


「私は時期が悪く、参戦してはいないがね。王竜と仲間たちによって、ね」


「マジかよ」


 考えるのも嫌になった。

 ミラさんとの間に子供が出来ない、ということの事実確認であったはずが、いつの間にやら壮大な物語を語られたような。

 俺の頭脳では処理しきれない情報の海に投げ出されたような、そんな感じで実感が全く湧かない。今も、いいように言いくるめられているのではないかと考えてしまいがちになる。

 だが、正吾さんの表情はジルバのそれなので全く読み取りようがないにしても、アグニの爺さんとグラーフさんの表情はいつになく真剣なものだ。疑いの眼差しを向けても、頷きで返される始末。


「うへぇ…………なんか疲れた」


「まあ、そうだろうね。私たちも鹵獲された当時は同じようなものだったからね。勝利くんの、今の気持ちは痛いほどよく分かるよ」


「いらぬ誤解を生んでしもうて、申し訳なかったのぅ」


 改めまったようなアグニの爺さんの謝罪に、俺はもう返す言葉もない。

 伝えられたこと自体は事実だと判明したが故に、どう答えを返すべきかと悩む。


「それに、勝利くんはカルテが一度失効したことを覚えているね」


「……それはウィンを調整したからでは?」


「いいや、それも思い違いだ。カルテは勝利くんに搭載されたナノマシンと、寄生型魔道生命体を判別するためのもので、どこまでも勝利くんの状態を示すものでしかない。それが失効したという事実が示すのは、ただひとつ」


「俺の状態……」


 俺はてっきりウィンの調整が済んだから、一旦リセットされたものであると考えていた。それに、だ。ミラさんとの間に子供が出来ないと教えられた際に、純粋な地球人とも異なる人類になったと伝えられてもいた。

 その話の延長か?


「ウィンを最適化するにあたって、勝利くんの肉体もまた睡眠中に調整されているんだ。私が疑問を覚えた段階で、こいつらから言質を引き出したから事実だよ。ジルバが私と融合して王竜の枠から外れたように、勝利くんもウィンと融合したことで既存の地球人とは異なる存在となった、そう考えるべきだろう。それでも相手が地球人であれば、交配の可能性はあるらしい」


「それなら、この間一応聞きました。まさか俺も調整されているとは思いもしませんでしたけど」


 カルテが失効したことについての謎は解けたと思っていい。

 ただ、俺はそこに何の疑問も持ってはいなかったんだけど。

 正吾さんがやたらと絶叫していたことを思えば、そういった疑問を抱いていたのだろうという納得はある。

 それは俺のことを心配してくれたという証だ。十分に感謝すべきだろうな。


 結局はミラさんとの間に子供が望めないという事実が、確固たる事実の下に証明されてしまっただけだった。

 終始、ミモザさんは意味がわかっていなさそうな、そんな雰囲気を漂わせていた。

 俺と正吾さんの会話が日本語かトヴェリア語であり、グラーフさんらはソロノス語であることを踏めれば、当然と言えば当然だろうか。

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