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第三十四話

「疲れた」


 ミラさんは結局、正装がどうとかで何軒か連れまわされることとなった。

 そして今は迎賓館の風呂へと浸かっている。

 過去に存在した先代勇者殿のお陰だろうか、この帝都には檜風呂に似た何かある。

 但し、檜独特の爽やかな香りは一切なく、針葉樹ではある何かの木材を使用した風呂だった。


「カットス、聞いているの?」


 ミラさんは初め、俺の背中を流しに来たと言っていた。

 大きな布を体に巻き付けた状態で風呂に現れたミラさんは年下ではあるけれど、その体型は所謂ナイスバディというやつなので、思春期真っ盛りである俺の前にそんな姿を晒さないでほしい。

 俺はそんな姿のミラさんを視界に収めることはせず、背を向けている。


「ああ、もう、ミラさん、うるさいなぁ。

 俺は風呂に入って、命の洗濯をしているの。静かにしてほしいんだけど!」


「何よ! 忠告しているのでしょう?

 あなた、父上に良いように利用されているのよ? わかっているの?」


 それは幾ら馬鹿な俺であっても理解はしていた。師匠は何らかの形で俺の存在を利用しようとしているのだと、判ってはいた。判ってはいたが、師匠は俺と俺の友たちの恩人だ。とても、悪く言うことはできないし、そんな扱いなど以ての外である。

 それに、この世界はそんなに甘くないことを俺は知っている。少し人里から離れただけでも魔物と呼ばれる凶暴な生物が襲い掛かって来る環境にある。その上、成人が15歳という江戸時代かよと思わせるほどに若く、命の価値がとても軽いということも。

 そんなことを理解できないほどに俺もバカではなかったのは幸いなのか、災いなのか。 


「わかってはいますよ。でも、仕方ないじゃないですか? 師匠は俺の命の恩人なのですよ」


「それでも! あんた、何か思うところはないわけ?」


「思うところは……。ないとは言いませんけど師匠は優しいし、ミラさんは美人だし」


「美人……とか、そういうことじゃないの! 父上は母上の策謀を台無しにしたりとか、帝国と縁を紡ぐとか、色々と暗躍しているのよ。悔しいとは思わないの?」


「命の恩人が、その命をどうしようが自由だと思います。

 ミラさんがそうして俺のことを考えてくれるのは、嬉しく思いますよ。

 こうして風呂にまで付いてきて、何か言うのはミラさんくらいですからね」


「あんたのことなんか……。あんたのことなんか、ちっとも。私は」


 可愛いな、この人。俺のこと、ずっと心配し続けてくれている。

 今はとても厳しい状況に置かれているというのに、俺のことより自分のことを心配するべきではないだろうか。村長とか、ややこしい立場を求められていることを忘れてしまったわけでもないだろう。

 俺としてはミラさんの人柄は理解できている。あまり器用ではなく、損をしているタイプの人。なんといえば分かり易いだろうか、甘え下手な人だ。

 師匠にもそれとなく甘えるのだけど、師匠は師匠でそういった行為に慣れているのか淡々と済ませてしまうところがあり、ミラさんは親子だというのに遠慮しているようにも見えた。


「ちょっと、あんたのことなのよ?」


「師匠が俺を利用しているのはわかってはいます。でも恩恵がありますからね、おいそれと断ることは出来ませんよ」


「あんた、お人好しすぎるわよ」


「そうは言いますが、ミラさんは美人で俺には勿体ないくらいですし」


「貴族の! 貴族の嫁とは、家の存続を繋げるものとしてしか……」


「ミラさん。この世界に於いて貴族の娘の価値がどうであろうと、俺の答えは変わりません。ミラさんはミラさんです。

 すぐに殴ったり蹴ったりしてくる、俺の知っている、ご令嬢ですよ?」


 本当は殴る蹴るは勘弁してほしいのだけど、そこら辺はまあ、許せるかなっと。


「私は色々と考えたの、家を繋ぐという意味も……。でも、都合よく幼馴染なんていなかったし、カットスは話し易かったし、だから……」


「それで良いんじゃないですかね? 俺も今更都合よく、家に帰れるとはさすがに思ってはいませんし……」


 必死の告白をしているであろう、ミラさんに。

 俺は稀に召喚の際を夢に見るとも言えず、全てを受け入れようと思った。


「あんたは私を受け入れるの?」


「まあ、殴ったり蹴ったりがないのであれば、ですけど」


「私は。父上があんたを利用する上で、そこに都合よく存在しただけの娘なのよ?

 父上は帝国との繋がりを得て、オニングでもその繋がりを糧に上位を目指そうとしているだけなのよ?

 私はただ、そこに存在しただけ……」


「例えそうであったとしても、俺はミラさんに出会えたんです。

 それを他の人に、どうこうと言われる筋合いはありません」


「いいの?」


「良いんですよ」


 俺の考えが口をついて、全て出ていった。相手がミラさんであったからこそ、だとも言うけれど。

 俺の背中を流しに来たはずなのだけど、ミラさんは俯いたまま。一向に背中を流そうとはしてくれない。


「私は婚約者として、認められているというの?」


「違うのですか?」


「違わないわ。私はカットスの婚約者よ!」


「これからもよろしくお願いしますね」

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