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第三百四十五話

 遮音魔具のセールスを終えたミモザさんが屋台へと戻ってきた。

 シフォンさんからミモザさんへの帰還報告の後に、ミラさんが正式な開拓村の設立に伴う筆頭御用商人の発表の件を伝える。

 筆頭御用商人の話はミモザさんにあらかじめ伝わっていたそうで、面倒となるのは開拓村の命名くらいなものらしい。

 しかし、そのような大事を屋台の前で決めることでもない。なので、屋台はローゲンさんに預け、俺たちはミラさんの執務室へと向かった。


「私はカットス村、宿場町カットス、カットス王国を推すわ。他に意見のある人は?」


「儂にも、その命名権はあるのかのぅ?」


「ここに集っている以上、発言権も命名権もあるものとお考え下さって結構です」


 元パン焼き小屋で、現ミラさんの執務室にはいつものメンバーが集合していた。

 いや、いつものメンバー以上の面々が集合していた。

 ミラさん、リスラ、キア・マスを背後に従える師匠、食事中に呼び出されたライアン、ダリ・ウルマム卿、宿屋店長ミロムさん等の主要メンバー。

 それに加え、すっぽんのために発足した婦人会の初代会長に収まったパム・ゼッタさん。パム・ゼッタさんにぬいぐるみ扱いされているベガさんと、ミモザさんに付いてきただけで帰りたそうにしているシフォンさん。

 ロギンさんの姿まであるのは特に珍しいだろう。


「儂の意見というのはカツトシ殿の世界の言葉を使ってはどうじゃろうか? というものじゃ」


「それでは誰も読めないじゃないのよ!」


「儂らが読めようが読めまいが直接的に関係などない。意味はカツトシ殿に訳してもらえば済む話じゃろう?」


「ふむ、一理ありますか。遺跡探索の末、カットス君の帰還がほぼ不可能であることが判明しています。カットス君が居残る以上は陛下との契約が履行され、拠点はいずれ自治区の礎となりますからね。カットス君に決めてもらうのが一番でしょうし、カットス君の世界の言葉で、というものアリでしょう」


 訳の分からないことを言い出したアグニの爺さんに、ベガさんが噛み付いた。

 しかし、師匠が爺さんをフォローしたことで、皆が聞く耳を持ってしまった。

 俺としては、誰が決めても良かったのだ。自身の氏名を冠した命名でなければ……。

 それが師匠のおかしな見解を経て、『俺にしか命名権がない』みたいな状況に追いやられている。しかも皆の視線は俺を貫き、早く決めろと急かされている。


「(カツトシ殿に相談なのじゃが……カツトシ殿以外でもチキュウの言葉と判るものにしては貰えぬかの?)」


 隣に居たアグニの爺さんが小声で語り掛けてきた言語はトヴェリア語。

 トヴェリア語を得た要因たる正吾さんは不在なれど、早速役には立っている。

 

「(ナノマシンが翻訳するから意味がないのでは?)」


「(そこはそれじゃ。こちらには無いが、そちらには有る。生き物の名などでも良いの)」


 いきなり言われても難しい。

 ぱっと思い付く言葉も無ければ、生物もいない。

 だって共通するような生物がたくさん存在しているし、姿形が全く異なるのに同じものとして翻訳されている生物までいる。


「(多大な無理があっても、ナノマシンは強引に翻訳してしまいますよ。それに被害者は何も日本人だけでないと正吾さんに聞いていますし)」


 日本人だけではないらしいが、日本国土や近海から拉致られているのは間違いないとも聞いてはいた。

 それは日本に在住していたか、或いは旅行者か、それともお仕事関係での出入りか、少なくとも日本に絡んだ話ではあるようではあるが。

 それに、ほぼ虎にしか見えない草食動物が牛と翻訳されるのだ。

 マジもんのドラゴンが棲息する世界で、おとぎ話の龍や竜などが混同されるくらい可愛いものだった。


「父上の案を採用しましょう。カットスは次の会議までには考えておくように」


 アグニの爺さんと俺が他の誰もが理解できない言葉で話し始めた辺りで、ミラさんが介入があった。元々が小声なので聞き取り難い上にトヴェリア語だ。

 盗み聞きされてはいないだろうが、俺と爺さんを訝しむ視線は少なくなかった。その筆頭と言えるのが師匠だろう。

 だが、淡々としたミラさんの声が訝しむ皆の意識を逸らす。


「次の議題はミモザを御用商人に任命することね。反対の者はいる? ――はい、ウルマム将軍」


「賛成ではあるよ。ただ、任命だけで今回の偽物騒ぎのようなものを抑止できるとは限らぬだろう?」


「そこは婚姻で抑えるわ。ミモザをカットスの三番目の妻に迎えるのよ」


「「はぁ?」」


 聞いてない。

 そんな話は一切聞いてない。

 俺の気の抜けた言葉に被せたリスラも、俺と同じ心境なのだろう。


「はぁ、じゃないわよ。あんたの妻として私とル・リスラは政治を取り仕切ることしかできないけど、ミモザなら経済面を上手く援助できるわ。そうなれば本当にこれ以上はカットスの妻にと、無理矢理押し込んでくることが出来なくなるのよ」


「それはダメです! ミモザさん、いえ、ミモザはダメです! 成人済みのミモザではカツトシ殿の御寵愛を全て持って行かれてしまいますよ? 正気ですか、お姉ちゃん」


 リスラは俺以上に取り乱していた。

 内容は聞いてみると理解はできても納得は出来かねる、ぶっとんだ思考によるものだったが。


「ちょっと待った! ミモザさんにはアランとそういった話があったはずでは?」


「そうです! それがありました!」


「それは先方からお断りされましたし、私からもお断りしました。私はこれでも殿下より魔王様とのお付き合いは長く、お慕いしていた期間もまた長いのですよ」


 あのシスコン!

 アランがミモザさんを篭絡しないから、俺がまた政略結婚させられるハメに。

 

「確かに良案ではあるが……ライス殿の意見としてはどうか?」


「正当な対抗策でしょう。それにミモザさんの御用商人としての儲けの一部も、開拓地の、いえ、開拓村の開発に活かすことができる。カットス君が渋っていた遠征も、断言はできませんが減らすことは可能でしょうね」


 ちっ。

 師匠はミラさんとリスラ以外に俺のお嫁さんが増えることを嫌がるかと思ったのだが、どうも逆であるようだ。これでは味方になりそうなのは、血迷い気味のリスラしか居ない。

 しかし! 俺の遠征を無くすことは出来なくとも、少なく出来るとなれば考えなくもない。

 俺の想いは揺れる。もの凄く揺れる。


「異議あり! 勇者様の遠征は必要不可欠であります」


「何故に? いや、問い質すまでもないか」


「食肉の確保が必要です。ワイバーン肉は既に底を尽きかけています」


 発言したのはミロムさんだった。

 ミロムさんは俺が、俺自身が宿屋の店長に抜擢した人材である。

 その味方に裏切られたようなものだが、言わんとしていることも十分に理解できてしまうから困る。

 現在、宿屋の食堂でメインとなる食材はワイバーン肉だ。それが尽きかけているという。早くね?

 いくら予定より早かろうが、底を尽きかけている事実は覆せない。と、なれば……宿で提供する食肉の確保は必要不可欠である。

 何せ、俺が肉を確保していたからこそ、想定外な宿の儲けが出ていたのだ。

 ワイバーン肉は高級品だ。地竜の肉など、その比較にすらならない超高級品である。地竜の肉はまだまだあるが。


「肉の確保はします。但しミロムさんに任せている宿の分に限り、ですが」


「それでは魔王殿とミモザ殿ご夫妻にのみ、富が集中するのではありませんか?」


 憲兵団長を無理矢理やらされるハメになったフェルニルさん。

 以前、隊長と呼ばれていたムリア王国騎士の彼の発言だ。

 師匠の発言に反応したミロムさんによって、議題から逸れた方向が再び元へ帰ろうとする。


「お待ちいただけぬかの? 儂は孫のミモザ、その婚姻を認めることは出来ぬ」


 ミラさんの発言が突然すぎたため、アグニの爺さんも呆気に取られてはいたが、フェルニルさんが話を元に戻そうとしたために正気へと戻るきっかけとなった、のだろうか?

 だが、俺としてはこの爺さんの発言は嬉しい。

 リスラも口角を上げ、爺さんの発言を静かに受け入れていた。

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