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第三百四十四話

「この扉の向こうにノルデ……正吾さんとジルバが消えた辺りですか?」


「四〇〇三号の制御が甘いが故、空間に欠落が生じている。これらの欠落を完全に修復しない限り、宿主である汝の通行は許容できぬ。この欠落部分に正吾は嵌り、亜空間から弾かれて通常空間へと現出することになった。この現象は正吾と皇竜が、汝や四〇〇三号とは異なる部外者であったからこそ、あの程度で済んだものと考えられる」


「仮に、その対象が俺だった場合は?」


「亜空間内から弾かれる程度では済まぬだろうな。未知の空間に運ばれる可能性すらあり得る。それも陸地とは限らず、宇宙空間や深海であったり、高空であったり或いは地中であったりと、ヒトの生存を脅かす環境である可能性もまた否定できない」


「要するに、危険なのでこの先には向かうな。ということですね」


「結論としてはそうなる。『道』と『門』の利用には、今しばらくの時間が必要となる。総ては四〇〇三号の成長次第であろうがな」


 ウィンが順調に成長し続けて行けば、いずれはこの扉の先を歩む日もやって来るのだろう。だが、今はまだ早いらしい。

 正吾さんとジルバは自力で帰還するだろうし、俺自身が危険を冒してまで無理強いする理由はどこにもない。


「倉庫関連とワイバーン飼育用の野原以外の扉は、外に繋がっていると考えれば良いと?」


「概ね。正確を期すれば、空間の開閉には四〇〇三号の承認が必要となる」


 開けっ放しというわけにはいかないだろう。

 魔物や誰か他人が勝手に侵入してきても困る。食べられる魔物なら、百歩譲ってワイバーン二匹の餌代わりでも構わないけど。

 人は困るな。ほぼ神隠し的な状態になるだろうし、言い訳を考えるのも手間だ。


「なら、これ以上はもう見る所はないな? ちょっとと言いながら長居しちまったから、早く戻らないと」


「そう心配せずとも、外とは時の流れが異なる。外と内とで、凡そ三対一といったところだろう?」


「ァィ!」


 見覚えのある子供の顔が生えたウィンは、俺の腹に頬ずりしながら元気よく返事をした。

 外で三分経過していたとしても、内では一分しか経っていない計算?

 色々とおかしいのは今更だから置くとして、それでも体感で一時間半は余裕で経過していると思われる。

 一時間半を分に直すと九十分。九十分を三で割ると、三十分か。


「三十分でもちょっと長いな。プリンを確保しに走らないといけないから、そろそろ帰るわ」


「期待しておるよ」


「ウィンに渡すだけだからな! あとはそっちで適当に。皿は返せよ」


 仕事を放り出して逃げたと思われるのはマズい。

 ミモザさんの留守をアグニの爺さんと駄弁りながら待つという、微妙極まる仕事内容ではあったけれども。


「ウィンも、その恰好で遊ぶのはまた今度な!」


「ハァーイ」


 最初に入って来た扉を開けて一歩踏み出すと、そこは既に養蜂倉庫の中であった。

 ウィンが調整前の前回と比べると、不思議空間内部を歩く距離は極端に短い。

 如何に時間の流れが緩やかであろうとも、疲労は蓄積するからな。移動距離が短いことに越したことはない。


「とにかく、今は屋台に戻らないと!」


 戻ってきて早々にだが、ミモザさんの仮設屋台まで走る。

 義体ではなく、普段通りの触手となったウィンも背中から生えてきている。

 うん、いつも通りだ。



「随分と早いお戻りじゃが、休めたかの?」


 俺が屋台まで戻ると、アグニの爺さんが訳の分からないことをほざく。

 俺が留守の間に、やってきていた人物を警戒しての問いであることは言うまでもない。


「カットス、どこに居たの?」


「養蜂倉庫にちょっと……。ところで、師匠の監督はもうよろしいので?」


「父上の監視にはキア・マスを付けたわ。いくら父上でもキア・マスの目を誤魔化すには苦労するでしょうからね」


 最近、情けないことこの上ない師匠であるが。

 そのトドメを刺したのは、自身の認めた紹介状に因る一手であった。

 帝都の高級娼館の店主に宛てた紹介状は、巡回娼館を営む親族が開拓拠点へと持参した。実弟ライアンが、実娘ミラさんが、直弟子の俺が確認して本物であると証明された紹介状は正しく効果を発揮した。

 開拓村の長を務めるミラさんにより巡回娼館の営業が認められ、ミモザさんの冒険者ギルド出張所予定地は更地に還った。

 ライアンの提案を受け入れたミモザさんによって、現在は防音等の細かい協定が結ばれているはずだ。

 それと同時に紹介状を認めた師匠には、ミラさんからキツイお灸が据えられたとか……。


「母上のお話は本当だったのね。あまり褒められた趣味ではないのは事実だけど」


「あぁ、奥さんは知ってたんですか」


「その分だと叔父様のことだけじゃなくて、父上の悪い遊びのこともカットスは知っていたようね?」


「う……」


「別に責めてはいないのよ? 中々に話しにくい内容ではあるもの」


 俺は日本人的な側面から生々しい内容に触れたくはなかった事実と、実娘に教えてもいいものか逡巡した部分がある。

 ミラさんもその辺りは納得しているようで、厳しい表情もなければ追及もなかった。


「巡回娼館に関しては渡りに船と言ったところで、実際に助かっているわ。拠点内で犯罪に走られては困るけど、仕事の手が出奔してしまうのも避けたかったのよ。でも公務を除けば、やや納得いかない部分もあるのよ」


 ミラさんの語りには誰も応答しない。しようものなら、たぶん噛み付かれる。

 それが分かっているからこそ、俺も含めここに居る皆は嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。


「それでミモザはどこなの? シフォン」


「私が報告にあがった時には既に留守で、あちらのテントで何やら商売をしていると、勇者様にお聞きしましたけど」


 先程までの哀愁を漂わせた表情のミラさんはどこかに消え、ギロリと音がしそうな瞳で俺は睨まれた。

 商売と言っても、何もミモザさんが娼婦になったわけではない。

 そういうことは前もって、アグニの爺さんが説明していてくれれば良いものを!

 シフォンさんもシフォンさんだ。紛らわしい言い回しは止めてもらいたい!


「ライアンが子供たちへの影響を考えて、遮音の魔具を作ったんだ。ミモザさんは、それを売り込みに行っている最中、です」


「遮音・防音は必須ね。流石叔父様だわ、目の付け所が違うわね!」


 ライアンだけが大絶賛されている事実に、俺とアグニの爺さんが顔を見合わせる。

 ライアンだけ、その評価に色がついているかのようだ。

 我ながら嫉妬とは違う感情のように思えるのだが、少しモヤッとする。


「で、ミラ殿は何用でこちらへ?」


「ミモザとカットスを呼びに来たのよ」


「俺とミモザさんを? なにゆえに?」


「今回の商人の主張を考えると、開拓団の御用商人の枠は早めに定めておきたいのよ。そこでミモザを筆頭御用商人に据えて、開拓拠点の命名式をして開拓村を興すのだけど、その際に発表したいのよね」


「ほう、それは良い予防策になるかの」


 妙な命令書を携えた商人三人の処遇は、帝都からの使者が到達しないとどうにもならない。現状二名は宿に軟禁状態で、一名はウィンが『収納』中。

 今後も、彼らのような偽物が現れると厄介なので、ミモザさんを正式に御用商人に設定するという。

 ただ、気になるのは開拓村の命名式の方だろう。


「命名式?」


「私はカットス村がいいと思うのだけど……なぜか不評なのよね」


「都市も宿場町も村も、集落の名は基本は人名から取ったものじゃしの」


「カットス村は止めましょう。お願いします、やめてください!」

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