第三百三十九話
交渉の後、食堂にいたロギンさんに冒険者ギルド出張所の工事中止と、更地に戻す旨を伝えた。
話を聞いてみると基礎工事用の石材が不足しているとのことで、材料が揃うまで放置せざるを得なかったようであった。
そして現在、すっぽんの養殖池を掘っていた面子がそのまま基礎の撤収作業に従事することで作業は目に見えて捗っている模様である。
「数日後にはキャラバンが石材を搬入する予定でしたのに……」
「うちの弟子たちは娼館の営業があるって随分と乗り気だけどナ。俺としちゃ、酒場の方が嬉しかったんだがヨ」
「その辺はちょっと工夫しますよ。ということで、ローゲンさんをお借りします」
「魔王さんがまた何か企んでいるなら俺も手伝うのは吝かじゃねえゼ。なぁ、兄貴?」
ロギンさんとローゲンさんを親方と仰ぐ弟子たちは巡回娼館がやってきたことに喜び、作業は思いのほか捗っているのだが。
ミモザさんは諦めが悪く、酒場建設を心待ちにしていたロギンさんを巻き込もうと企む。だが、そんなことは俺だって百も承知だ。
だから、ちょっと工夫を凝らして、ロギンさんとローゲンさんをこちらへと取り込むことにした。
「ウィン、戦車をここへ」
「ァィー」
「戦車の改造カ?」
「いえ、俺の戦車の後部座席にアタッチメントを幾つか作りましたよね? で、これをこうして……ここに酒樽を置けば出来上り」
戦車の後部ハッチを跳ね上げたまま、カウンター状のアタッチメントを取り付けた。食堂の倉庫からちょろまかしてきた赤ワインの酒樽を前方の座席の横へ置き、カウンターに木製のコップを並べれば、酒を振舞う屋台が出来上がる。
「とりあえず、一杯どうぞ」
「おぅ、悪ぃナ。で、俺は何をすればイイ?」
「屋台を作ってもらおうかと。俺の戦車はそれまでの繋ぎですかね」
「屋台?」
屋台という言葉に疑問を覚えるのも無理はない。
露店は地面に絨毯を敷いただけのものが一般的だ。屋台らしきものも一応はあるのだが、地面に杭で固定されていて動くことはない。
しかし俺が求めているのは、移動が可能で屋根のある屋台だ。
現状、俺以外の戦車はほぼオープンカーなので、馬車をベースにしてもらうつもりではある。
「移動式にすることで邪魔なら排除すればいいだけですし、警備団の詰所前にも出店が容易となります。ミジェナをキャラバンに同行させれば、テスモーラでアイスクリームを出すことも可能ですよ」
「ライアンの、あの袋があれば、それこそ商売もできるカ」
「ミモザさんへのお詫びとして、俺が代金を支払うので屋台を一台。お願いできますか?」
「詫びも何も、魔王様のごり押しですけどね!」
ミモザさんは恨めしそうな表情を崩そうともしない。筋金入りだ。
だが結局のところ、冒険者ギルドの出張所を更地にするしか解決策はなかったのだ。それはアグニの爺さんもライアンも了承している。
更にライアンが納得している以上、ミラさんも反論はないだろう。
「何モ、魔王さんの戦車を真似る必要はない訳だナ? 簡単な料理が出来て、酒樽を置くスペースがあればイイ、と。わかった作ってみるワ」
「火を、七輪を置くスペースも欲しいですね」
そう、何も俺やミジェナでなくともいいのだ。
キア・マスやパム・ゼッタさんでも、料理が出来るのなら屋台を任せてしまえば良い。狭かろうが一人分の料理スペースを内包できれば、それでいいのだ。
但し、換気はしっかりとしないと一酸化炭素中毒でぶっ倒れることになる。また、火事も心配だ。その辺りは、しっかりと作り込んでもらわないといけない。
「今日からしばらく、俺はここで酒を売りますよ」
「私の家が、こんな小さな戦車に……魔王様、もっと詰めてください! 座れません」
「いいから! ミモザさんはローゲンさんに頼んだ屋台が出来てからでいいから!」
◆
ジルバと私はウィンが創り出した亜空間内を探検していた。
案内を買って出たのはグラーフと、その部下であった魔道生命体開発者たちの記憶群。
「ここは貯蔵庫か?」
『マナを生成するための血液を採取後の獲物を保管する空間である』
「なるほど、あの難解な時空間魔術を理解するだけのことはある。この先の空間は時が停止しているのだな」
忘れもしない。空間が捻じ曲がった異様な風景。
様々な色相が入り混じった何かが、ただそこにあるという奇妙な空間。
鹵獲器で拉致される過程に於いて、過去の私が観た風景と合致する。
「最初の部屋は木造の壁があるから把握できなかったが、そうだったのか。あそこもガワを剥いてしまえば、ここと同様にこの色相を呈しているのだな」
『調整を終えて以降に、確定していた空間への扉を設けることが可能となった』
「確定した空間とは、ウィンが創り出した空間ということだな?」
『四○〇三号によって創り出された亜空間を、宿主と相対座標にて固定化したものが扉である。宿主の意を汲み四○〇三号が用意した亜空間は多岐にわたり存在する』
「最初の部屋にあった扉の数だけ、存在するということか」
貯蔵庫の前に見た扉の先は、特に異様だった。
ウィンが顕在可能とする触手のサンプルが数多く立ち並ぶ部屋であったり、勝利くんの私物と思しき物が山積みとなった部屋。
野原が延々と広がる空間であるものの、太陽も無いのに昼間のように明るい。常軌を逸した可笑しな空間も存在した。
その空間では何と、この惑星の現地生命体を飼い慣らしていたのだから笑うしかない。
最初の部屋に戻り、まだ選択していない扉を開く。
何を見ても、これ以上驚くことはないとも言えない。
実に独創的で愉快な世界が幕を上げ、私の予想など軽く凌駕していくことだろう。
『この先は四○〇三号の記憶により繋がる』
「どういう意味だ?」
『宿主の利益のみを追求するは、魔道生命体の本能に因るもの』
「意味が分からん。が、先に進んでみれば判ることか」
最初の部屋へ至る道筋や、一度勝利くんらと現実世界に戻るための道筋に似た光景がった。
どうもこの扉の先は道であるようなのだが、どこに繋がっているのか見当も付かない。
『これより先は空間は途切れる。注意されよ』
「……なにっ!」
ホログラムの如く浮かび上がる胸像のグラーフが注意喚起するよりも早く、私は道から外れてしまった。
振り返ってみても、何もない。
ただ、草原が広がっているだけ。
あの時と同じか。勝利くんや彼と共に、部屋から外へと出た時と同様。
「マズいな。どこだ、ここは?」
『街が見えるよ?』
「予め、ウィンとナノマシンの交換をしておいて助かったな」
『まだ馴染んでないけどね』
「隠形しつつ、気長に聞き取るしかあるまい」
『カカ、早くあの子の所に戻らないとショーゴの存在意義がないね』
「笑えないぞ。睦美さんが勝利くんの前に現れるより先に戻らないと」
亜空間の管理者たるウィンが居ないため、再び亜空間内に戻ることが出来ない。
こんなことならば、ウィンにも案内に付き添ってもらえば良かったものだが、既に後の祭りだ。
私はジルバと相談の上、街を目指すことに決めた。
ウィンと交換したナノマシンの統廃合は未だ完了しておらず、言語情報は口語のみが適用範囲でしかない。
文字はナノマシンの補助があっても対語表が必要となる。対語表さえあれば、数冊の書物に目を通すだけで覚えることは可能なのだが、そのような便利なものは手元にない。
「まずは、ここがどこだか調べよう」
『貯蔵庫で齧ったお肉、美味しかったなぁ』
「確かに……無事に帰れたらご馳走になろう」
幸いなのか、災いなのか?
勝利くんには、しばらくの間は亜空間内を探検すると伝えてある。
曖昧な表現でしかなくとも、彼はそれほど心配してはいないだろうが。それでも出来るだけ早く彼の下へ戻らなければ、ジルバの言うように私の存在意義がなくなりかねない。




